こぎだし

TECHNIQUE

バックスイングとボディオーバー — 上体は、どこまで倒し、いつ起こすか

上体は、ただ前後に倒れているわけではありません。どこまで倒すか、いつ起こすか。この二つで、一漕ぎの長さも、次のキャッチの落ち着きも変わります。ところが「何度倒すのが正解か」は、世界の公式資料のどこにも書かれていません。書かれていないことまで含めて、順番に見ていきます。

読了目安9分レベル基礎公開日2026.07.25
シングルスカルの漕手を真横から見た線画。脚は伸びきり、上体は垂直よりわずかに後ろへ倒れ、両手のハンドルは体の近くにある。頭の前方には、上体が前後に振れる範囲を示す細く淡い点線の弧が添えられている。

ドライブ(ブレード〈オールの先の、水をかく平たい部分〉が水の中にあって、 艇を進めている局面)の終わりで、上体は後ろへ倒れます。この後傾をレイバック(layback)、あるいはバックスイングと呼びます。そしてリカバリー(ブレードが水から 出て、次のキャッチ〈ブレードを水に入れる瞬間〉へ戻る区間)では、逆に 上体を起こして前へ倒していく。こちらはボディオーバー(上体の準備)と呼ばれます。

往きと還り。この二つを合わせたものが、上体の「振り」です。振り幅が足りな ければ一漕ぎは短くなり、振りすぎれば次の準備が間に合わない。だから多くの 漕手が、どこかの時点で「どこまで倒せばいいのか」と迷います。

そこで公開資料を当たると、少し意外なことが分かります。「何度倒すのが正解か」を書いている統括団体の資料は、ほとんどありません。国際ボート連盟の教本でさえ、キャッチ側の前傾には数字を置くのに、 フィニッシュ側には置かない。この記事は、その「書かれていないこと」も 含めて整理します。なお、ドライブの最中に脚と上体のどちらが先に動くのかは、 それ自体で一本の記事になる論点なので、レッグドライブとボディスイングにゆずります。

「スイング」は、二つのことを指している

まず言葉の整理から。ローイングで「スイング」と言うとき、実は二つの 別のものを指しています。

一つは、個人の上体の振り。国際ボート連盟(World Rowing)の教本は「股関節からの上体のスイング」と 書き、英国ローイング連盟(British Rowing)は「ドライブの終わり近くで 体が後ろへ振れる」と書き、Concept2(ローイングマシンのメーカー)も 「背中を垂直の位置を通過するように振る」と書きます。カナダの統括団体 (Rowing Canada Aviron)は「体幹のスイング(trunk swing)」という語を 使い、それは股関節から始動しなければならない、と条件をつけています。

もう一つは、クルー全体の一体感。米国ローイング連盟(USRowing)の公式用語集は、スイングを 「漕手たちが一つの塊として艇を動かしているときの、魔法のような感覚」と だけ定義しています。個人の上体の振りという語義は載っていません。 ローイング専門メディアの用語集も同じで、そちらでは個人の動きは 「レイバック」「ボディアングル」という別の項目に分けられています。

おもしろいのは、英国ローイング連盟の公式用語集にはスイングもレイバックも項目自体が無いことです(掲載されているのは「姿勢」「リズム」など)。つまりスイングは、 統括団体が定義した公式用語というより、現場で広く使われている言葉です。 意味が二つに割れているのも、無理はありません。

この記事は、主に一つめ(個人の上体の振り)を扱います。二つめ(クルーの 一体感)は、最後の節で触れます。実はこの二つ、根っこでつながっています。

どこまで倒すか — 正解の角度は、書かれていない

レイバックは、専門メディアの用語集では 「適切なフィニッシュ姿勢を作るための、ドライブ後半における股関節を 起点とした上体の後方への回転量」と定義されます。では、その「量」は どれくらいか。

国際ボート連盟の指導者向けハンドブック(Level II)は、フィニッシュに ついて「ストロークの終わりで最大の効果を得るために、常に体重をオールの後ろに保つことが重要」とだけ書きます。角度の指定はありません。同じ教本はキャッチ側の前傾には 「およそ45度」という数字を置いているのに、フィニッシュ側には置かない。 意図的な非対称に見えます。

英国ローイング連盟の水上テクニック解説も同じ調子で、 「背中はまっすぐのまま、腹筋が軽く引っ張られるのを感じる程度にわずかに 後傾」。数値ではなく、体の感覚で書かれています。数字らしきものが出てくるのは インドア(ローイングマシン)向けのページで、そこでは 「ドライブの終わりで、11時より後ろに倒す必要はない」「股関節から前後に、 11時と1時のあいだで傾ける」と、時計の文字盤にたとえられています。 Concept2 も同じく時計を使い、「1時の位置を目安に」と書きます。

では、実際に世界のトップはどれくらい倒しているのか。ここは推測ではなく、 計測された値があります。ある生体力学者が、2023年の世界選手権の決勝に 残ったクルー(エイトを除く全種目の金・銀メダリスト60名)を撮影して 体幹の角度を測っています。

フィニッシュの後傾(垂直から)
26.3
キャッチの前傾(垂直から)
24.5
キャッチ→フィニッシュの振り幅
50.8
2023年世界選手権A決勝の60名を静止カメラで計測した値の平均です(それぞれ標準偏差は約4〜6度)。フィニッシュの個人差は大きく、最大36.9度・最小14.0度でした。同じ計測者が別に世界トップ25名を解析したときもキャッチ22.5度・フィニッシュ25度で、「垂直から±25度くらいが良い目安になりうる」と述べています。撮影条件や基準線の取り方で値は動きます。到達すべき一点ではなく、幅として受け取ってください。

注目したいのは、前と後ろがほぼ対称だという点です。前傾24.5度に対して後傾26.3度。「フィニッシュで大きく 倒し込む」という絵からは、少し離れています。しかも同じ計測では、艇が大きく速くなるほど、フィニッシュの倒しは小さくなる(艇種が一段大きくなるごとに振り幅が約2度短くなり、その短縮はフィニッシュ側で 起きている)と報告されています。エイトの漕手ほど、倒し込んでいないわけです。

倒しすぎると何が起きるか。ここは資料がよく揃っています。Concept2 は 四つ挙げます。保持に体幹の力が要る/力の入らない弱い姿勢である/ そこから起き上がるのに時間がかかる/時間と体力を浪費してレートが落ちる。 さらに別のページで「11時を越える追加のレイバックは、一般に非効率であり、ケガの原因になりうる」とまで書いています。英国ローイング連盟は、よくある誤りとして 「倒しすぎ → リカバリーが遅れる」を挙げます。国際ボート連盟の上級教本の 生体力学の章は、もっと直接的で、「上体を後ろに倒しすぎること、およびドライブ前半で上体を起こしてしまうことは、重大なエラーである」と書いています。

その理由づけが、少し意外かもしれません。同じ章は、レイバックの是非を 「パワー」ではなく重心の上下動の問題として説明します。過度な後傾は重心を下げ、艇を前後に揺らし (ピッチング)、船体の抵抗を増やして艇を遅くする、と。倒しすぎの損は、 力が出ないことだけではないわけです。

では、起きすぎはどうか。こちらも誤りとして併記されています。英国ローイング 連盟は「上体が立ちすぎて肘が下がる → ストロークが短くなる」を挙げます。 倒しすぎと足りなさ、両方に落とし穴がある。

倒しすぎも、足りなさも、どちらも誤り。正解は一点ではなく、幅です。

ここで、多くの人の直感に反する事実を一つ。一漕ぎの「長さ」は、フィニッシュ側では稼げません。エリートとジュニアのシングルスカルを艇上で計測した査読論文(2024年)は、 エリートのストロークが有意に長いのは主にキャッチ側の角度が大きいためで、フィニッシュ側の角度は四つの群すべてでほぼ同じだったと報告しています。同じことを、国際ボート連盟の上級教本の生体力学の章も ずっと前から書いていました。フィニッシュでのオールの角度はどの漕手でも よく似ており、身長にも関係しない。だからストローク長を変えられるのは キャッチ側の角度だけだ、と。

つまり「もっと長く漕ぎたいから、もっと倒す」という発想には、 公開資料の裏づけがありません。長さが欲しいなら、見るべきはキャッチの側です。

いつ起こすか — シートが動き出す前に、終わっているか

振りの往路が決まったら、次は復路です。フィニッシュから、どうやって 前傾を作り直すか。ここは、レイバックとは対照的に、資料の言うことがよく揃っています

国際ボート連盟の指導者ハンドブックは、技術章の総括でこう書きます。

シートが前に動き始める前に、上体が次のストロークに向けて適切に準備されて いることが、きわめて重要である。

同じ団体の初心者向け教本(2023年版)は、もっと具体的です。 「スライドが始まる前に、手はすでに膝を越えている。腕はまっすぐ。 体の前傾は早めに」。そして「ハーフスライド(シートが動く範囲の ちょうど半分)の時点で、上体の前傾は完了している」と続きます。

英国ローイング連盟は、動きの起点を明示します。腕が体から離れていく あいだ、シートはまだ動かず、膝は押さえたまま。「そのあと、背中をまっすぐに保ったまま、骨盤から上体が倒れる(ロックオーバー)。その結果として膝が持ち上がり、シートが動き出す」。順番だけでなく、因果として書かれているのが特徴です。別のページでは 「ハンドルと腕が膝を越えるまで、脚はまっすぐのまま」と条件で書いています。 Concept2 も「手が膝を越えてから、膝が曲がる」と一文で示し、米国ローイング 連盟も「手→体→シート」の順で説明します。

守らないとどうなるかも、はっきり書かれています。英国ローイング連盟は 「さもないとハンドルを膝の上に持ち上げざるを得なくなる」。Concept2 は もっと絵的に、「膝が早く上がると、樽をまたいで漕ぐような感じになる。手の進路に障害物があるのだ」。艇の上では、これは「膝が持ち上がって手の邪魔をする」という形で現れます。

この順番は、計測でも裏づけられています。艇上のテレメトリー(無線計測)を 集めた大規模なデータベースの解析では、もっとも典型的な体節の順序は、 ドライブで「脚→体幹→腕」、リカバリーで「腕→体幹→脚」でした。 教科書どおりの順が、実測でも一般的な形だということです。

ただし——ここからが大事なところです。「手→体→膝」を機械的に守ればよい、という話ではありません。

ローイング専門メディアに載っているコーチング記事は、この定番の分解に 正面から異を唱えています。早い上体の準備は「素早いハンズアウェイ」とは 別のことだ。腕、次に体、次にスライドと一つずつ順番に待っていると 時間がかかりすぎて、レート(1分間に漕ぐ本数)を上げられない。 手と上体は一緒にバウ側へ動いてよい。そして「ハンドルがすねの上を越えるまでスライドを動かし始めるのを待つ必要はないし、待つべきでもない」とまで書きます。同じ記事が掲げる目標は、順番そのものではなく「ハーフスライドまでに上体の前傾を作り終え、そこから先は上体を静止させたまま滑る」ことです。

統括団体の中にも、対象によって書き分けている例があります。カナダの 統括団体は、エリート向けの技術モデルでは「腕の伸展、上体のスイング、 脚の引き付けは同時」と書き、初心者向けのハンドブックでは「手が膝を越え、 上体が股関節の上で倒れるまで、脚は動かさない」と書きます。同じ団体が、 読者のレベルによって別の書き方をしている。

これらをまとめると、こうなります。「手→体→膝」は目的ではなく、目的を達成するための入り口。目的のほうは、資料がきれいに一致しています——シートが前に動き出すときに、上体の準備が終わっていること。順番を一つずつ止めながら確かめるのは、それを体に入れるための手段です。 手段のほうを守ることが目的になると、レートが上がらない漕ぎになります。

確かめるための練習

直すときは、一度に一つで大丈夫です。ここでは公開資料に出てくる代表的な ドリル(部分練習)の「ねらい」を紹介します。水上のドリルの具体的な手順は水上の技術ドリルにまとめてあります。

  1. 腕と上体だけで漕ぐ
    脚を使わず、腕と上体の振りだけで漕ぐ。Concept2 の公式ドリルは、このねらいを「腕が伸びきって体が前に振れてから、はじめて脚が動く、という順番を学ぶこと」と明記しています。上体の振りがどれだけ艇を進めるかも、体感として分かります。
  2. 止めて、順番を確かめる(ポーズドリル)
    ストロークの途中で一拍止めて、脚・背中・腕が正しい順で動いているかを確かめる。米国ローイング連盟の用語集も、ポーズドリルを「特定の姿勢や技術に集中するため、各ストロークの間にポーズを入れて漕ぐこと」と定義しています。フィニッシュとボディオーバーの二箇所で止める形が、よく使われます。
  3. ハーフスライドまでで前傾を作りきる
    シートが動く範囲の半分までで上体の前傾を完成させ、そこから先は上体を動かさずにキャッチへ向かう。国際ボート連盟の教本が「ハーフスライドで上体の前傾は完了している」と書いている状態を、そのまま取り出す練習です。
  4. 足を靴から抜いて漕ぐ(フィートアウト)
    ストレッチャー(足を乗せて押す板)を引けなくなるので、倒しすぎているとフィニッシュで体を支えられません。ある専門メディアの解説は、スライドを撃ち抜く漕手、脚を早く終える漕手、そして「レイバックが多すぎる漕手」は、このドリルを最初やりにくいと感じるはずだ、と書いています。自己診断として使えます。
  5. 鏡や動画に、線を引く
    エルゴの横に鏡を置き、自分のフィニッシュの目安になる角度にテープで線を貼っておくと、振り開きすぎが自分で見えます。撮った動画に線を引く方法は「フォーム動画の見方」に。冬のあいだにエルゴで付いた過剰なレイバックを、春の艇に持ち込まないための工夫でもあります。

もう一つ、技術ではなく艤装(ぎそう)の可能性も見ておきます。国際ボート 連盟の教本は、フットストレッチャーが高すぎると 「キャッチでスネが垂直にならず、股関節からロックオーバーしにくくなる」と 書いています。上体が起こせないのは、体の問題ではなく艇の設定かもしれない。 その調整はストレッチャーの設定にまとめてあります。

もう一つのスイング — クルーが揃うと、なぜ速いのか

最初に触れた二つめの意味、クルーの一体感としての「スイング」に戻ります。 これは感覚の話に聞こえますが、物理の説明がついています。

国際ボート連盟の公開記事は、スイングを「リカバリー中に艇上で漕手たちが 動くこと」と定義したうえで、こう説明します。オールが全て水から抜けたあと、クルー全体が同時にフィニッシュから前へ振れて、はじめて艇は「慣性のブースト」を得る。ばらばらに動けば、漕手の質量の動きが互いに打ち消し合って、その効果は 失われる、と。

個人の上体の振りと、クルーの一体感。二つの「スイング」は、ここで つながります。全員が同じタイミングで上体を振るからこそ、艇が押される。 揃っていないと、同じ動きをしていても効果が消える。

どれくらいの損得なのか。査読論文(2013年)は、通常の同期漕では 漕手が出したパワーの5〜6%が、一漕ぎのなかの艇速の変動として失われている、 と見積もっています。

艇速の変動で失われるパワー
5–6%
査読論文(PLoS ONE、2013年)の見積もりです。同じ論文は、理論上すべての漕手が完全に逆位相で漕げばエイトの2000mで約1艇身(3.0秒)の利得になると計算していますが、これは高いレートでは成立しないため実用化されていません。「揃えないほうが速い」という話ではなく、艇速の変動そのものに損があることを示す数字として読んでください。

上体の振りが本当に艇を進めているのか——それを直接確かめた研究も あります。座席を固定したパラローイング(パラローイング入門で扱うクラス分けの区分)で、体幹を固定した条件と自由に振れる条件を 比べたところ、体幹の機能がある群では自由に振れる条件のほうが500mのタイムが有意に速いという結果でした。いっぽう体幹に障害のある区分では、固定したほうが 速いという逆の結果になっています。上体の振りは、使える人にとっては 確かに推進に寄与している。ただし、誰にとっても同じではない、ということでもあります。

腰のこと、そして数字のこと

最後に二つ、慎重に扱うべきことを。

一つめは腰です。カナダの統括団体は、体幹のスイングについて 「股関節から始動し、腰と仙骨の関節を曲げない中立の背骨を保つ動きでなければ ならない」と条件をつけています。Concept2 も、11時を越えるレイバックは 「ケガの原因になりうる」と書いていました。

研究のほうはどうか。この記事の主題に関わる部分だけを取り出すと、 ローイングの腰痛と動きの関係をまとめた系統的レビュー(多数の研究を一定の 基準で集めて評価した論文、2021年)は、腰痛のない漕手について 「フィニッシュで腰背部が比較的平ら」という特徴を報告しています。 ただしこれは関連であって、因果ではありません。姿勢が痛みを生んだのか、痛みが姿勢を変えたのか、この種の研究からは 区別できません。骨盤と腰椎の話はレッグドライブとボディスイングで、有病率や量の管理、痛みが出たときの原則は腰痛の予防で、それぞれ詳しく扱っています。

二つめは数字です。「バックスイングは一漕ぎのパワーの何%か」という 問いに、この記事は答えを出しません。答えられるだけの根拠が、公開資料に 無いからです。

次の練習で試すのは、一つでいいと思います。おすすめは、リカバリーの 入り口です。フィニッシュで手が体を離れたら、シートが動き出す前に、 骨盤から上体を倒し終える。それだけを、軽く流す時間に確かめてみてください。 倒す角度のほうは、動画を一本撮って、自分がいまどのあたりにいるかを 知るところから始めれば十分です。

振り幅は、大きさではなく往復で決まります。倒した分だけ、起こして返す。