フィニッシュとは、ドライブ(脚・体幹・腕の順に力を伝えて艇を進める、 ブレードが水の中にある局面)の終わりのこと。リリースとは、その ブレード(オールの先の、水をかく平たい部分)を水から抜く動作のことです。 一本のいちばん最後、力を出し切ってオールを抜き、次に向けて手を返す。 地味に見えて、ここでは意外と多くのことが同時に起きています。
厄介なのは、終わり方の良し悪しが、そのまま次の一本の入り方に響くことです。 抜きが乱れれば艇は揺れ、返しが早すぎればブレードが水を引っかける。逆に、 静かに抜いて余裕をもって返せれば、リカバリー(ブレードが水から出て、次の 入水へ戻る区間)は楽になります。だからこの記事では、まず「やって しまいがちな抜けすぎ」を知り、次に「抜いて返す順番」を整理し、最後に 「資料でも意見が割れているところ」まで踏み込みます。
ウォッシングアウトという「抜けすぎ」
まず、いちばんよく名前の挙がるエラーから。ウォッシングアウト(washing out)とは、まだ水を押せるはずの区間で、ブレードが早々に水面から出てしまうことです。英国ローイング連盟(British Rowing)は、これを二つの角度から 説明しています。動きの側から見れば、ハンドル(オールの持ち手)を水平に 沿ってではなく下へ引いてしまい、その結果ブレードがストロークの終わる前に 浮く。見た目の側から言えば、まだ推進している最中(たいていは終盤)に、 オールが水面の上に顔を出してしまう。原因から言っても結果から言っても、 同じ現象を指しています。
ブレードが早く抜ければ、その一本は「短く」なります。 あるコーチング解説は、フィニッシュで起きるこうした逃げ(早めに力を抜く、 リリースをつぶす、ウォッシングアウト)をまとめて、加速が鈍ればリズムが 乱れ、短く漕げば艇は遅くなる、と説明しています。
ただし、その「遅くなる」理由は、少し丁寧に言葉を選ぶ必要があります。 「抜きが早いと艇にブレーキがかかる」と直感的には思えますが、公開されている 計測研究は、そう単純ではないことを示しています。損の正体は、艇が急に 減速することよりも、水の中でブレードが実際に仕事をする距離が短くなることの側にある。フィニッシュを丁寧に扱う意味は、最後まで水を押し切る 「長さ」を残すことにあります。
正しく抜く順番 — スクエアのまま抜いて、抜けてから返す
抜けすぎの反対側にある「正しい抜き方」を、順番で整理します。フィニッシュで 握った手を小さく下げ、ブレードを水面からすっと持ち上げる。この動きはタップダウン(手元を小さく下げてブレードを水から抜く動き)と呼ばれます。英国ローイング 連盟も国際ボート連盟(World Rowing)も、ほぼ同じ言葉でこれを定義しています。 高さの目安は、ブレードが水面に平らに乗ったとき、ハンドルが体に軽く触れる くらいです。それ以上えぐり込む必要はありません。
順番が肝心です。スクエア(ブレードを水面に対して垂直に立てた状態)のまま抜き、抜け切ってからフェザー(ブレードを水面と平行に寝かせること)に返す。あるコーチング解説が勧める練習の順序も同じで、フィニッシュに座って ハンドルを上下させ、スクエアなまま抜く感覚を確かめてから、タップダウンして 手を前に送り、その手が体から離れて出ていく動きに乗せて返す、という順です。 返すのは、手が前へ出ていく途中。ここが、後で出てくる論点につながります。
良いリリースは、見た目にも音にも表れます。ブレードが澄んだ音で、静かに、 スクエアのまま水から出て、そのあと手を前に伸ばす余裕が生まれる。逆に、 ブレードが水面で背中からパタンと倒れる、水を跳ね上げる、ガチャついた音を 立てて抜ける。こうしたサインは、あるコーチング解説の言葉を借りれば、 「フィニッシュに着く前に、すでにフィニッシュを失っていた」証拠です。抜き際 だけを直そうとしても直らないことが多い、という指摘でもあります。
コツは、抜こうと焦らないことです。ハンドルが体に届いた瞬間にも、オールの 外側にはまだ力(曲がり)が残っています。ブレード・足・ハンドルから力が 同時に抜けていく、その一瞬を待ってから手元を下向きに形づくって抜く。急いで 手を動かすより、力が抜けるのを感じてから動くほうが、結果的にクリーンに 抜けます。
フェザーを始めるタイミングは、資料で割れている
「抜けてから返す」と書きましたが、ではフェザーを始めるのは、ブレードが完全に抜け切ってからなのか、それとも抜け切る直前からなのか。実はこの一点で、世界の公開資料は割れています。割れているのも、 国際ボート連盟や各国の連盟といった統括団体の公式資料どうしです。 個人のコーチの意見の違いにとどまらない、という点が面白いところです。
一方の立場は、はっきりしています。完全に抜いてから返す。国際ボート連盟の入門ブックレットは、フェザーの定義そのものの中で、 フェザーの前に「必ず」ブレードを水から抜かなければならない、と強い言葉で 規定しています。英国ローイング連盟の用語集も、フェザーの前にオールを 完全に抜き切るよう注意しなければならない、とほぼ同じことを言っています。 二つの団体が、規範として同じ順序を掲げている。
ところが、もう一方の立場もあります。抜くのと返すのを、同時に行う。米国ローイング連盟の解説は、フィニッシュでハンドルを下げてブレードを水から 引き出す動きと、オールを返してブレードを垂直から水平へ変える動きを、 「同時に」行うものとして記述しています。ここでは、はっきり「同時に」と 書かれています。
どちらが正しいかを、この記事は断定しません。よく見ると、二つは文書の性格が違います。前者(抜いてから)は、指導の規範として「必ず」という言葉で書かれた 定義。後者(同時に)は、競技を知らない人向けの概説ページで、「ボート入門」と 並ぶような、動きをざっくり伝えるための説明です。同じ土俵で「どちらが 世界の正解か」と競わせるのは、たぶん公平ではありません。少なくとも、 規範として書かれているのは「抜いてから返す」のほうだ、とは言えます。
「抜いてから返す」側には、艇速とは別の根拠も挙げられています。安全です。 英国の代表クラスを指導してきたあるコーチは、手首の不調はたいていオールに 荷重がかかったままフェザーすることで起きるので、オールが水から出るのを 待て、と述べています。速さの話としてだけでなく、体を守る話としても、 抜けるのを待つ意味がある、という理屈です。ただし、体の不調の原因は人に よって違い、文章で決められるものではありません。痛みやしびれを感じたら、 我慢せずに練習を中断し、医療機関に相談してください。
「抜いてから返す」を突き詰めて、 「ブレードは最後の最後まで完全に沈めておくべきだ」と考えると、これはこれで 別の問題になります。生体力学の分析によれば、理想的な漕ぎでも、ブレードの 上の縁はフィニッシュのわずか手前で、すでに水面から出はじめます。ほんの少し 早く顔を出すこと自体は、むしろ目標の中に織り込まれていて、ゼロにはしません。「抜けが早い=ただちにエラー」ではありません。ウォッシングアウトが指すのは、この「抜け出しの余白」が目標より 大きくなりすぎた状態です。
直すためのドリル
考えることは多く見えますが、直すときは一度に一つだけで大丈夫です。通しで 漕ぎながら全部を直そうとすると、たいてい混乱します。動きを一つ取り出して、 ゆっくり確かめる。ここでは代表的なドリル(部分練習)の「ねらい」だけを 紹介します。具体的な手順は水上の技術ドリルに、フェザーそのものの基礎はフェザーとスクエアの切り替えにまとめてあります。
- スクエアブレードで漕ぐフェザーを省いて、ブレードを立てたまま漕ぐ。抜き際で返す癖があると、この漕ぎ方では途端にやりにくくなるので、自分の「水中フェザー」に気づけます。ある分析は、この練習がキャッチからフィニッシュまでのブレードワークとバランスを改善しうる、としています(言い切ってはいません)。
- フィニッシュでリリースだけを取り出すフィニッシュの姿勢で止まり、ハンドルを小さく上下させてスクエアなまま抜く感覚を確かめる。それからタップダウンして、手を前に送りながら返す。抜く・送る・返すの順番を、止まった状態で体に入れます。
- 靴から足を抜いて漕ぐ(フィートアウト)ストレッチャー(足を固定する板)を引けなくなるので、フィニッシュを足で無理に押し込めなくなります。抜けの速さと、ハンドルを通して手を返していく動きが自然と強調される、と説明されています。
- 抜いたブレードを見せるブレードが完全に水から出るまでスクエアに保つ練習。抜け切る前に返していないかを、目で確かめられます。ある個人のコーチング解説は、これを初心者に向く方法として挙げています。
もう一つ、フィニッシュで一拍「止める」ポーズも、練習としてよく使われます。 ただし、これを通常の漕ぎに持ち込むべきかどうかは、コーチによって考えが 分かれます(この対立は、下の「もっと詳しく」に譲ります)。いずれのドリルも、 ねらいは同じで、抜けてから返す順番と余裕を体に覚えさせることです。
次の練習で試せる一歩
覚えることが多くても、次の練習で試すのは一つでいい。おすすめは、抜き際の 音と余裕です。ブレードがスッと静かに抜けて、返しは水から出てから。それだけを、 軽く流す時間に確かめてみてください。順番が整うと、次のキャッチ (ブレードを水に入れる瞬間)までが、不思議と落ち着きます。そして、資料が 割れている論点については、無理にどちらかへ決めなくて構いません。まず避けたいのは、 水の中で返してしまう明らかな「抜けすぎ」のほう。そこさえ外さなければ、細部は 艇とクルーに合わせて選んでいけます。
まだ水を押せるうちに、返しを急がない。守るのは、速さより順番です。
最後に一つ。ここまで挙げた考え方や数字は、いずれも海外の公開資料をもとに 整理したものです。艇種やクルー、その日のコンディションで、いちばん良い形は 動きます。正式な指導と安全の判断は、指導者と、必要なら医療者に委ねてください。
