こぎだし

TECHNIQUE

レッグドライブとボディスイング — 足と体は、いつ動くか

「脚 → 体 → 腕」と習ったはずなのに、世界の教科書は「脚と体は同時」とも書く。どちらが正しいかを決める記事ではありません。食い違いの奥にある一致点を取り出せば、次の一漕ぎで確かめられる基準が見えてきます。

読了目安9分レベル発展公開日2026.07.15
シングルスカルの艇内を横から見た静物画。左に、ローイングシューズを取り付けた足で押すフットストレッチャーの板。右に、二本のレールのほぼ中間で静止した車輪付きのスライディングシート。レールの中間には短い印。脚で押す板と、体が乗って前後する座席という、レッグドライブとボディスイングの二つの舞台を並べている。

キャッチ(ブレード、つまりオールの先の平たい部分を水に入れる瞬間)で水を捉えたら、 そこから艇を前へ送り出すのがドライブ(水中で艇を加速させる局面)です。その主役は二つ。 レッグドライブ(脚でフットストレッチャー、つまり足を乗せて押す板を押す動き)と、 ボディスイング(前傾した上体を、股関節を軸に後ろへ起こしていく動き)。この二つを、 いつ、どんな順番でつなぐか。それが今回のテーマです。

多くの人が最初に習うのは「脚 → 体 → 腕」という順番でしょう。キャッチの記事でも、 この順を土台として紹介しました。ところが、世界の公式資料を読み比べると、話はそれほど 単純ではありません。「脚が先、そのあと体」と書く団体もあれば、「脚と体はキャッチの 直後から同時に動き始める」と書く団体もある。国際統括団体でさえ、単一の正解を 出していません。

だからこの記事は、どちらが正しいかを決めません。まず、世界の団体が実際にどう書いて いるかを並べます。そのうえで、食い違いの奥にある一致点、現場ですぐ使える基準を 取り出します。

「脚が先」か、「脚と体は同時」か

まず、分けて教える立場から。USRowing(アメリカの統括団体)の解説は、ドライブの 初めでは身体の位置は変わらず、すべての仕事は脚が行う、と書きます。そして上体が ほどけ始めるのと一緒に、腕が働き始める、と続く。つまり「脚 →(体と腕)」という 二段構えです。Concept2(ローイングマシンのメーカー)の技術解説も、脚で押して ドライブを始め、次に背中を垂直の位置まで起こし、最後に腕の引きを加える、と 分けて書きます。World Rowing(国際ボート連盟)の指導教本(Level II)も、力の面では ドライブ前半は主に脚に頼り、進むにつれて背筋が加わり、終盤に肩と腕が入る、 としています。

いっぽう、同時に動き始めると書く立場もあります。同じWorld Rowingでも、上級の教本 (Level III)に収められた東ドイツの名コーチの解説は、脚と体幹はキャッチののち 同時に動くべきだ、と処方します。British Rowing(イギリスの統括団体)は、脚が伸びの 半分に達したところで股関節が開き始める、と書く。脚がまだ押している最中に、 上体が起き始めるということです。Rowing Canada(カナダの統括団体)はさらに細かく、脚はブレードが 入るのと同時に動き出し、そのあいだ体幹と腕は安定を保って脚の力をハンドルへ伝える、 そしてシートがハーフスライド(シートが前後に動く範囲の、ちょうど半分の位置)に達し 膝がおよそ90度を過ぎると体幹が開き始める、と位置まで指定しています。

大事なのは、この食い違いを国際統括団体自身が認めていることです。World Rowingの Level III教本は、国際レースに生き残った二つの技術流派を比較したうえで、どちらも 一漕ぎに必要な長さを引き出せ、したがってどちらも容認できる(both are acceptable)、 と明記しています。片方を「世界の正解」として引用することは、この一文の前では できません。

二つの立場は、見た目ほど遠くない

ここで一歩下がって、両者が実際に指している体の動きを見比べてみます。すると、 対立は言葉ほど大きくないことに気づきます。分けて教える立場も、同時と教える立場も、キャッチの直後は脚が主導し、上体はまだ大きく開かない、という点では一致している。違うのは、上体が「はっきり加わる」のをどこと見なし、 それを「次に」と呼ぶか「同時に」と呼ぶか、という一点です。

その「上体が加わる位置」は、資料をまたいでよく揃います。British Rowingは脚の伸びの 半分、Rowing Canadaはハーフスライドで膝およそ90度、そして生体力学者のクレシュネフ (BioRow)が提案する「移行点」も膝およそ90度。呼び方は違っても、指している体勢は ほぼ同じ場所です。

上体が加わり始める膝の角度
≈90
スライド上の位置
約1/2
British Rowingは「脚の伸びの半分」、Rowing Canadaは「ハーフスライド/膝およそ90度」、クレシュネフは「移行点=膝およそ90度」と表現します。言い方は違っても、指す体勢はほぼ重なります。艇種・体格・スタイルで動く目安であって、正確な一点ではありません。

クレシュネフの言う「順次的(じゅんじせつ)」も、「脚が伸びきってから体幹」という 意味ではありません。彼の移行点は、いま見た膝90度あたり、つまり脚がまだ半分残って いる地点です。彼自身、最適な漕ぎでは体幹は移行点の少し手前から徐々に動き始める、 と書いています。切り替えというより、重なりです。

資料が本当に割れているのは、むしろ腕をいつ引き始めるかのほうです。脚が伸びきってから(British Rowing)、その少し手前で(Rowing Canada)、 手が膝の高さに来たとき(World RowingのLevel III)、上体がほどけるのとほぼ同時に (USRowing)。腕の始まりは、資料ごとにはっきり違います。脚と体の継ぎ目は近いのに、 腕の入れどきは揃っていない。ここは「一つの正解」を書けないところです。

もう一つ、ドライブは脚だけの局面ではない、という点も見ておきます。エリート選手 88名を実艇で計測した研究では、一漕ぎのパワーの配分はおよそ次の通りでした。脚が 主役ではあるものの、体幹と腕を合わせた割合も、脚に劣りません。

脚が生むパワー
43–45%
体幹
32–36%
21–24%
クレシュネフによるエリート漕手88名の実艇計測(無線での計測)の値で、選手・艇種・レート(1分間に漕ぐ本数)で変わります。ローイングマシンの解説などで広く語られる「脚60・背中30・腕10」とは食い違い、とくに腕の寄与は実測では二倍以上あります。実際に艇の上で測られているのは、この計測値の側です。

といって、正解が幅のない一点というわけでもありません。クレシュネフは、脚と体幹の 継ぎ方を一つの数値で表す指標を提案しています。細かい定義は措くと、 上体を早く開きすぎても、脚を先行させすぎても、どちらも「外れ」になる。 正解は、その二つの端のあいだの帯である、と。彼の示す帯はあくまで自身の商用システム 由来の目安で、独立した検証を経たものではありません。それでも「両端が誤りで、 真ん中に幅がある」という形は、ここまで見てきた資料の全体とよく合います。

世界の教科書が割れているのだから、迷って当然です。覚えるのは順番の名前ではなく、 体をどこで継ぐか。まずは、それだけで足ります。

脚だけを先に使い切ったとき

二つの端のうち、始めたばかりの漕手がはまりやすいのは「脚を先に使い切る」側です。 「脚 → 体 → 腕」と習うと、つい脚を最後まで伸ばしきってから上体を倒したくなる。 ところが公開資料は、この方向の弊害をいくつも指摘しています。

British Rowingは、キャッチのよくある誤りとして、シートが肩より速く後ろへ動き出す 動きを挙げ、これを「バムショービング(bum shoving)」と呼びます。せっかくの強い レッグドライブを、いちじるしく弱めてしまう、と。World RowingのLevel III教本も、 似た現象を、シートが「飛ぶ」と表現します。脚が強く押しすぎると、鋭く曲がった股関節 まわりの筋が負けてしまい、力がブレードにうまく伝わらない。すると、ドライブの残りは 体幹と腕という比較的弱い部分の「孤立した動作」に頼ることになる、と教本は 説明しています。上体だけに負担が集まり、いちばん大きな筋肉である脚を、活かしきれない わけです。

ただし、注意深く言えば、これらは同じ一つの現象を複数の団体が確認した、という話では ありません。バムショービング、シートが飛ぶ、指標の外れ値。それぞれ定義も、測って いるものも違います。言えるのは、「脚を先に使い切る」方向の弊害を、複数の団体が 別々の言葉で警告している、というところまでです。それだけでも、避けたい方向は はっきりしています。

膝を曲げる筋肉が、脚を伸ばすのを助ける

脚を伸ばす主役は大腿四頭筋(ももの前側の筋肉) ですが、その裏側にあるハムストリングス(ももの裏側の筋肉)も、ドライブで脚を伸ばす のを助けている、と説明されることがあります。ハムストリングスは、膝だけを見れば 膝を曲げる筋肉(一つの関節だけで考えれば膝屈筋)なのに、です。

鍵は、足がフットストレッチャーに固定されていること。閉鎖運動連鎖(手足の先が台や 地面に固定された状態での動き)と呼ばれる条件です。足が固定されていると、 ハムストリングスは股関節を伸ばす向きに働き、その股関節伸展(股関節を開いて脚を後ろへ 伸ばす動き)を通じて、脚全体の伸びに寄与しうる。ローイングを対象にした査読論文 (Vieiraほか、2020年)は、まさにこの現象を、ロンバードのパラドックス(ロンバードの 逆説)に触れながら、足が固定されているとき膝を伸ばす向きの力の産生に寄与しうる、 と述べています。著者自身が「しうる」と控えめに書いている点まで含めて、受け取るのが 正確です。

ロンバードのパラドックスとは、二関節筋が、またぐ二つの関節のどちらかに力の求めが かかったとき、逆向きの力の産生にも同時に寄与してしまう、という現象を指します。 相反する働きの筋肉が同時に縮む、共収縮(きょうしゅうしゅく)と呼ばれる状態です。 もっとも、これを神秘的な謎として煽るのは、文献の姿勢に反します。走ったり跳んだり でも股関節と膝は同時に伸びますが、査読文献の側では、これは外力と関節にかかる正味の 力をていねいに解析すれば説明のつく、いわば「解けた謎」として扱われてきました。

骨盤、腰椎、そして腰痛

最後に、体を守る話をします。ここはとくに、断定を避けて慎重に進めます。

キャッチで深く前傾するとき、股関節がしっかり動けば、前傾は骨盤ごと前に倒れる動き (骨盤前傾)になります。股関節の動きが足りないと、足りない分を腰の背骨の丸まりで 補うことになります。骨盤が後ろに倒れ(骨盤後傾)、腰椎(背骨の腰の部分)が曲がる (腰椎屈曲)。同じ「前に届く」でも、体の中で起きていることは別物です。

ローイングと腰痛の生体力学をまとめた系統的レビュー(多数の研究を一定の基準で集めて 評価した論文)は、腰痛のある漕手ではキャッチで相対的に骨盤が後傾している傾向を、 腰痛のない漕手ではキャッチで骨盤が中間位から前傾で股関節の可動域が大きい傾向を、 報告しています。ただし、これはあくまで「関連」であって「原因」ではありません。 後傾するから痛むのか、痛むから姿勢が変わるのか、この種の研究からは区別できない。 別のレビューは、腰と骨盤の動きについては研究どうしで結果がばらつき、一致は得られて いない、とまで述べています。レビューどうしでも食い違っています。

この記事の主題である「脚と体の順番」と腰痛の関係も、はっきりさせておきます。脚と体幹の順序が腰痛を起こす、という直接の証拠は、 いまのところ公開された査読文献にはありません。むしろ逆に、World RowingのLevel III教本は、「同時型」の標準スライド技術のほうが 腰椎に負担をかけ、腰痛が生じうる、と書いています。これは「脚が先に伸びると腰を 痛める」という現場でよく聞く言い方とは、逆の方向です。しかも教本のこの記述には、 裏づけとなるデータは示されていません。どちらか一方を「正解」として受け取らないで ください。

「ハムストリングスが硬いと腰を痛める。だから伸ばせば防げる」。これも現場の定番 ですが、公開エビデンスでの裏づけは弱いのが実情です。World Rowingは漕手を見る目安 として、股関節がよく曲がることや、ハムストリングスが良好な柔軟性を持つことを勧めて います。ところが、ハムストリングスの柔軟性とローイング中の腰・骨盤の動きに関連は 見つからなかった、とする研究があり、その著者は柔軟性を高める手法は腰痛の予防・ リハビリで効果がないかもしれない、とまで書いています。さきほどの別のレビューも、 ハムストリングスの硬さと痛みに有意な関連は示されていない、としています。統括団体の 推奨と、査読エビデンスが、ここでも食い違っている。柔軟性やモビリティ(関節を無理なく動かせる範囲を保ち、広げる練習)そのものの考え方は、この記事では扱いません。股関節やハムストリングスの動きを整える練習は、モビリティの記事にゆずります。

腰痛は漕手にとても多い不調です。有病率の数字や、量の管理・痛みが出たときの原則 といった予防の詳しい話は、腰痛の予防の記事にまとめてあります。ここでは 一つだけ押さえてください。脚と体をなめらかに継ぐことと、腰を守ることは、 別々に考えるべき二つの課題です。フォームの「順番」をいじれば 腰痛が防げる、という単純な話ではありません。