調子が出ない日ほど、自分の漕ぎのどこが崩れているのかは、当人にはいちばん見えません。 全速で、いつものレート(1分間に漕ぐ本数)で漕いでいると、崩れは速すぎて通り過ぎてしまうからです。 技術ドリルは、その崩れをわざとゆっくり、表に引き出すための練習です。
やり方はどれも同じ発想でできています。動きの一部を止める(ポーズ)、 オールの握りを変える(スクエアブレード)、頼れるものを外す(足抜き)—— こうして普段の漕ぎに「制約」をかけると、フェザーや勢いで隠れていた粗が、 隠しきれなくなって出てきます。出てきた崩れを見つけること。それがこの練習の目的です。
なぜキャッチ(ブレードが水に入る一瞬)はこう入れるのか、なぜフィニッシュ (漕ぎ終わり、ブレードを水から抜く局面)はこう抜くのか。そうした動きの理屈は、この記事では説明しません。それは技術の話なので、 技術記事の各ページにゆずり、ドリルの説明の中でその都度リンクします。 ここで扱うのは、どのドリルを、何のために、どうやるか。 つまり「今日、艇の上で何をするか」だけです。
この練習の位置づけ
対象レベルは入門です。特別な体力も、高い技術も前提にしません。むしろ、艇の上でのバランスがまだ、 という段階の人こそ、いちばん最初に手をつけられるメニューです。 同時に、経験を積んだクルーが一本の点検として日常的に使うのも、このドリルです。 始めたばかりの人にとっては入り口、続けている人にとっては土台の見直し。 どちらの立場からも戻ってこられる場所にあります。
目的は、崩れている場所を見つけて、一本を作り直すことです。速く漕ぐための練習でも、体力をつけるための練習でもありません。 息が上がっていない、静かな一本のなかで、 「どこで艇が傾くか」「どこで動きが詰まるか」を自分の目で見つける。 見つかった崩れを、ひとつずつ直していく。ここで作り直した一本が、 そのまま速い漕ぎの土台になります。
所要時間
全体で20〜60分。ドリルだけで一つの短い練習として組んでもいいですし、 強度が低いので、長めのスティディステイト(一定の強さで漕ぎ続ける連続漕)の 途中に挟み込むこともできます。時間の長さより、一本ずつ、崩れが見えているかのほうが大事です。 だらだらと流すなら、短く切り上げて構いません。
強度 — 会話できる、いちばん低い帯
技術ドリルは、会話ができる、いちばん低い強度の帯で行います。 英国のトレーニング区分でいう UT2(ユーティライゼーション2。会話できる強さで長く漕ぐ、 有酸素の土台の帯)にあたります。追い込むための練習ではないので、 息が上がってしまうと、そもそも一本ずつを見る余裕がなくなります。
ここでいちばん頼れる物差しは、心拍計でもレート計でもなく、「最後まで話し続けられるか」です。英語圏で talk test (トークテスト。会話が続くかで強度を測るやり方)と呼ばれる、道具のいらない窓です。 レートは、この練習ではむしろ目標にしません。低めに保って、 一本ずつ動きが見えるようにするための、いわば「絞り」だと考えてください。
実施方法 — 三つのドリル
どのドリルも、骨格は同じです。低いレートで、短く区切って、 通常の漕ぎと交互に行います。たとえば数分だけドリルを入れ、 いったん普通の漕ぎに戻して感覚を確かめ、また数分ドリルに入る、という繰り返しです。 そして一度に直すのは、ひとつだけ。見る場所を一つに決めてから、 その一本に入ってください。まずは、代表的な三つを。
- スクエアブレード漕ぎ — 面を立てたまま漕ぐフェザー(オールを寝かせて水面の上を運ぶ動き)をせず、ブレード (オールの水をかく面)を立てたまま漕ぎます。フェザーで隠れていたブレードの高さのばらつき、水からの抜きの乱れ、左右の握りの高さの差が、艇の傾きとしてそのまま出てきます。低いレートで、ブレードが水面をこすらない 高さを一定に保つのが狙い。うまくいかないと艇が左右に傾いたり、 ブレードが水を叩いたりします。直し方の理屈は フェザーとスクエアの切り替えと ブレードワークの基本に。
- 足抜き(フィートアウト)漕ぎ — 頼れるものを外す足をシューズ(ストレッチャー=足を固定する台の靴)から抜くか、 ストラップを外して漕ぎます。すると、フィニッシュで足やストラップを引っぱって体を戻していなかったかが分かります。 脚で押した力が上体とハンドル(オールの握り)にきちんとつながっていれば、 足が浮くことはありません。フィニッシュで体が船尾側へ倒れる、 シートから尻が離れる。それは、押し切れていないか、戻りを急いでいるサインです。 静かな水域で、低いレートで。理屈は フィニッシュとリリースと レッグドライブとボディスイングに。
- ポーズ・ドリル — 途中で一瞬止めるリカバリー(漕ぎ終えて、次のキャッチへ戻っていく局面)の決めた一点で、 一瞬止めてから次の一本に入ります。止める場所は、たとえば上体を前に 倒したところや、スライド(座席)の半分。止めた瞬間に艇が傾く、前後に揺れるなら、そこがあなたの崩れどころ。 止めている間、艇が水平に乗っているか、腰が丸まっていないか、 上体の角度が保てているかを確かめます。キャッチに入る前の姿勢が 作れているか、を見るドリルです。理屈は キャッチを作ると レッグドライブとボディスイングに。
三つを一度にやる必要はありません。今日はスクエアだけ、次はポーズだけ、と一回に一つで十分です。距離や本数をきっちり決めるより、 「崩れが見えたら、そこを直して、また確かめる」を繰り返すこと。 具体的な本数や区切りは、クルーの状態と指導者の指示に合わせて決めてください。 三つ以外のドリルを探すときは、目的と場所で絞り込める ドリル図鑑へ。ここで挙げた三つも、図鑑のなかで手順ごとに開けます。
注意点
注意点は、三つです。
バランスを崩しやすいドリルは、静かな水域で。スクエア・ポーズ・足抜きは、どれもわざと不安定な状態を作ります。 まわりの艇や航路を確認し、安全艇や指導者の指示に従ってから始めてください。 とくに足抜きは足を固定していない状態なので、慣れないうちは岸の近くで、 レートを上げずに行います。
低い強度でも、腰は守る。ポーズで上体の前傾を保つとき、腰を丸めたまま止めると、 静止しているぶんかえって負担が集中します。ゆっくりだから安全、ではありません。 腰を丸めずに止める・戻すという考え方は 腰痛の予防にまとめてあります。痛みやしびれが出たら、その場でやめてください。
体が冷える時期に注意。技術ドリルは強度が低く、止まっている時間も多いので、体が温まりにくい練習です。 寒い季節は、動ける範囲で暖かい服装を選び、体が冷えきる前に切り上げます。
よくある失敗
ドリルは、やり方そのものより「どう向き合うか」でつまずきます。 いちばん多い三つを挙げておきます。
自分のビデオで確かめる
ドリルで見つけた崩れが、本当に直ったのか。それを確かめる最良の道具が、 自分の漕ぎのビデオです。艇の上の感覚は意外と当てにならず、直したつもりの 癖が映像にはそのまま残っている、ということがよくあります。 岸から真横(漕手に対して直角の位置)に、艇全体が入る画角で数本続けて 撮ってもらい、スロー再生(コマ送り)で見る。それだけで、ドリルの前と後の 変化を自分の目で確かめられます。撮る角度の選び方と、静止画に基準線を 引いて確かめる方法は フォーム動画の見方にまとめてあります。
ただし、映像は情報が多すぎて、漫然と見ると何も見つかりません。 見る順番を先に決めておきます。上から順に、一つずつ。
- ブレードの入水・出水のタイミングブレードが水に入る瞬間と出る瞬間を、コマ送りで確かめます。 クルーで漕いでいるなら、他の人とのズレ(自分が早いのか、遅いのか)がいちばんの見どころです。 入れ方の理屈は キャッチを作る、抜き方の理屈は フィニッシュとリリースに。
- リカバリー中のブレードの高さ水面からの高さが一定に保てているか。キャッチの直前に高く舞い上がっていないか。これはフライアップ (ブレードが水面から高く浮き上がる癖)と呼ばれます。スクエア ブレード漕ぎの成果が、ここにいちばん正直に出ます。
- シートと肩の動き出しの順番ドライブ(ブレードが水中にあり、押している局面)の始めで、腰(シート)だけが先に動いて、肩が置いていかれていないか。 これは尻逃げ(脚の押しが上体に伝わらず、座席だけが先に滑る癖)の サインです。理屈は レッグドライブとボディスイングに。
- フィニッシュの抜き際ブレードが立った(スクエアの)まま水から 出ているか。引きながら返して、水の中でフェザーが始まって いないか。足抜きやスクエアブレードの効果を確かめる場所です。 理屈は フィニッシュとリリースに。


ここでも、原則はドリルと同じです。一度に直すのは、一つだけ。四つ全部に気になるところが見つかっても、次の乗艇で意識するのは、 いちばん上流にある一つに絞ります。フライアップ・尻逃げ・シートラッシュ (前へ戻る動きを急ぐ癖)といった用語は 用語辞典で引けるので、映像を見ながら名前と動きをつなげていくと、クルー内の 会話も速くなります。
ドリルは、崩れを直す時間ではありません。崩れを、自分の目に見えるようにする時間です。
