練習メニューには「UT」「AT」「レート20で」といった言葉が飛び交います。 意味がつかめないまま漕いでいると、軽く流すべき日に追い込んでしまったり、 逆に上げるべき日に流してしまったりします。強度ゾーンは、その取り違えを防ぐための共通の物差しです。
この記事は入門レベルの位置づけで、 練習メニュー全体の土台であり地図にあたります。 ここで扱う5つのゾーンには、それぞれ専用の記事があり、みなこの地図に戻ってきます。 目的は、「軽く漕ぐ」「追い込む」を、心拍・レート・話せるかどうかで 自分で見分けられるようになることです。これができると、どのメニューを見ても 「この練習はどの帯を狙っているのか」を読めるようになります。
なお、このページ自体には決まった練習時間はありません。メニューではなく、 メニューを読むための地図だからです。各ゾーンの1回あたりの目安時間はこの記事の後半で触れ、 具体的な中身は各ゾーンの記事にゆずります。読み物としての読了目安は、上のメタ行のとおりです。
5つのゾーンと、その名前の意味
UT2・UT1・AT・TR・AN という5つの区分は、英国の Concept2 が出している 『Indoor Rowing Training Guide』というエルゴメーター(ローイングマシン)向けの 手引きに載っているもので、英国のトレーニング体系に由来します。 出版年の記載はありませんが、内容から2000年代前半のものとみられます。
注意したいのは、英国代表チーム(GB Rowing Team / British Rowing)が いま公開している区分は、これとは別に7ゾーン(UT3・UT2・UT1・AT・TR・AC・AP) だという点です。つまり「UT2からANの5つが英国代表の体系」と言い切るのは正確ではありません。 5バンドは古くて粗いバージョン、7ゾーンが代表チームの現行版、と読み分けてください (手引き自身も「バンドは5つ、時に7つに広がる」と書いています)。名前が狙いを表しているので、 低いほうから順に見ていきましょう。
- UT2 — 土台をつくる、いちばん低い帯正式名称は Utilisation 2(ユーティライゼーション2。「利用」の2)。 最後まで会話が続く強さで、脂質も糖質も燃料に使えます。 翌日に疲れを残しにくいので、一年の練習量の柱になります。→ UT2 のメニュー
- UT1 — 土台の、少し上Utilisation 1。同じく酸素を使う帯ですが、UT2よりやや強い。 体が温まり、心拍と呼吸が上がって、汗ばんでくるあたり。 土台づくりと、もっと速い練習との橋渡しになります。→ UT1 のメニュー
- AT — 苦しさが急に増える境目Anaerobic Threshold(無酸素性作業閾値)。乳酸(強く動いたときに増える物質)が たまり始める境目のあたりで漕ぐ帯です。名前に「無酸素」と付きますが、 英国代表の対応表では意外にも中強度に分類されています。→ AT のメニュー
- TR — 酸素を運ぶ力を伸ばすOxygen Transport(酸素の運搬)。心臓と血液が酸素を運ぶ力そのものに刺激を入れる、 高強度側の帯です。苦しく、あえぎ、大量に汗をかきます。短く区切って繰り返します。→ TR のメニュー
- AN — 息が続かない領域Anaerobic(無酸素)。レースのスタートやラストのような、息も絶え絶えの領域。 英国代表の7ゾーンでは、これがさらに AC(無酸素性容量)と AP(無酸素性パワー)に 分かれます。効きますが、量を間違えると練習全体を壊します。→ AN のメニュー
大きく分けると、UT2とUT1は酸素を使う有酸素の2バンドで、 練習の土台。AT・TR・ANはそこに無酸素の働きが加わる3バンドです。 それぞれが体に何を起こすのか(ミトコンドリアが増える、酸素を運ぶ力が上がる、といった 体の仕組み)は、この記事では扱いません。地図の役目に徹します。 仕組みを知りたくなったら エネルギー供給と強度区分へどうぞ。
強度の目安 — 心拍・レート・話せるか
各ゾーンには、強さを測るための3つの窓があります。心拍、レート(1分間に漕ぐ本数)、 そして「話せるか」という体感です。まず心拍とレートの目安を、手引きに載っている数字で 見てみましょう。いずれも幅(レンジ)で示します。単一の断定値にはできません。
そして、いちばん頼れる窓が「話せるか」です。道具がいりません。 UT2は最後まで楽に会話が続く強さ。UT1は返事が短くなるが話せる強さ。ATはひと言ずつなら話せる、 強く呼吸する強さ。TRは苦しくてあえぐ強さ。ANは声も出ない強さ。 英語圏で talk test(会話テスト)と呼ばれる、この単純な物差しが、 初心者にとってはいちばん実用的です。
「唯一正しいゾーン表」は存在しません。資料によって区切りも呼び方も違います。たとえば同じ Concept2 でも、一般向けブログのほうは UT2〜ANではなく番号式の Zone 1〜5 を使い、そちらは「最大心拍数に対する%」と明示しています (Zone 4「無酸素性作業閾値」は80〜90%)。同じ会社の同じ「無酸素性作業閾値」でも、 手引きのAT(80〜85%)とブログのZone 4(80〜90%)で上限が違うのです。 カナダの公開資料は6カテゴリーで、しかも番号の向きが逆(Iが最も高強度、VIが最も低強度)。World Rowing(国際ボート連盟)の教材は乳酸値で4つに分け、 4mmol/l(ミリモル毎リットル)あたりを境目の目安に置いています。 数字そのものを暗記するより、「どれくらいの強さで、どれだけの時間、何を狙って漕ぐか」を つかむことが目的です。
実施方法 — 自分がどの帯にいるかを読む
ゾーンは、暗記しなくてかまいません。 いま自分がどの帯で漕いでいるかを読む手順は、次の4つで足ります。
- まず「話せるか」で大きく分ける最後まで楽に会話が続くならUT2。返事が短くなるなら UT1。ひと言ずつなら AT。あえぐならTR。声も出ないならAN。道具がいらないので、いちばん頼れる物差しです。
- レートは、答え合わせに使う上の目安レートから大きくずれていないかを確かめます。ただしレートを合わせにいくのではなく、狙った強さの結果としてそのレートに落ち着く、という順番です。
- 心拍計があれば、心拍を重ねる心拍の%目安と照らし合わせます。ただし「220−年齢」で出す最大心拍の推定は誤差が大きいので、数字よりも、その日その日で同じ強さを再現できているかを優先します。
- 迷ったら、上げない方に倒すどちらの帯か迷うくらいなら、低いほうを選びます。特に始めたばかりの時期は、 UT2の量こそが土台です。まずは UT2 から。
1回のセッションの組み立てにも、はっきりした構造があります。強度が上がるほど、1回でこなす総仕事時間は短くなり、休息は長くなります。具体的な目安を、手引きの数字で見てみましょう。
たとえば手引きに載っている構造の例では、UT2はおよそ60分の連続漕、UT1は「10分を3本(休息5分)」、 ATは「6分を3本(休息3分)」、TRは「2分を6本(休息2分)」、ANは「90秒を6本(休息90秒)」 といった形です。上へ行くほど1本が短く、休みが長くなっているのが分かります。 これらは2000年代前半の英国の手引きの例なので、実際に自分が今日やる量は、 各ゾーンの記事と、チームの指示に合わせてください。
週のなかで、どう配るか
ゾーンごとの漕ぎ方が分かると、次の問いは「一週間のなかでどう混ぜるか」です。 公開資料が口をそろえるのは、低強度(会話できる強さ=UT2・UT1のあたり)が 練習の大半を占めるべき、という一点です。英国代表の解説では、週の80%超から95%が低強度。 World Rowing が実測した一流漕手の配分でも、準備期で低強度が86〜94%を占め、 レースが近い時期でも70〜77%。低強度と中強度を合わせると、通年で92〜99%に達します。
配り方には、名前のついた型があります。ポーラライズド型(極化型。低強度が大半で、次いで高強度、中強度はごく少し)、ピラミッド型(低強度が最大で、中強度が高強度より多い)、スレッショルド型(中強度を優先する)。英国代表自身は、 冬季や合宿ではピラミッド型、レースが近い夏はポーラライズド型を典型的に使う、と説明しています。
どの型が正解かは、断定できません。 国内一流漕手を11週間かけて比べた査読研究では、ポーラライズド型がピラミッド型より 優れているとは示されませんでした(2000mエルゴの記録は、どちらの群でも 統計的に有意な変化ではありませんでした)。しかもこの研究は、低強度を約93%に固定したうえで 残りの配分だけを変えた設計で、対象は14名と小規模です。だから「唯一正しい配分」は存在しません。
いちばん避けたいのは、練習が全部「中くらいの強さ」で埋まってしまうことです。 どの型を選ぶかは、その次の問題です。
もう一つ、実用的な注意を。「80/20」のような配分を語るときは、何を分母に数えるか(時間か、距離か、セッション数か)で、 同じ一週間でも数字が大きく変わります。英国代表が挙げる例では、同じ週が 距離ベースだと86/8/6、セッションの主目的ベースだと75/12.5/12.5になります。 配分を口にするときは、必ず「何ベースか」を添えてください。
なお、2000年代前半の古い手引きには、レースが近い時期に低強度のセッションが ほとんど無くなる配分表も載っています。しかし現在の代表チーム・国際団体・査読研究は、 いずれも低強度が大多数を占めるべきだとしています。年代の違いを踏まえて読んでください。 なぜ低強度がそこまで効くのかという体の仕組みは エネルギー供給と強度区分にゆずります。ここでは「どれだけやるか」に徹します。
注意点 — 心拍の数字を、信じすぎない
心拍の%だけでゾーンを一律に決めるのは、原理的に不正確です。 無酸素性作業閾値(AT)が最大心拍のどこに来るかは体力しだいで、 およそ50〜85%と大きく開きます。「220−年齢」で出す最大心拍の推定にも、 ±15〜20拍/分ほどの誤差がありえます。だから同じ「80%」でも、 それが意味する実際の強さは、人によって違うのです。
数字は窓の一つにすぎません。最後は「その強さを、最後まで同じように保てたか」で判断します。 レートとスプリット(500mを進むのにかかるタイム)の読み方は エルゴのレート管理入門に、なぜその強度が効くのかという体の仕組みは エネルギー供給と強度区分にまとめてあります。
覚えることは、いったんこれだけで十分です。まずは UT2 から。ここが読めるようになれば、ほかのすべてのメニューが「どの帯を狙っているのか」で 見えるようになります。次の一歩として、UT2の記事を開いてみてください。
