TR は、練習メニューのなかで「レースに近い」感触がいちばんはっきり出る帯です。 苦しく、あえぎ、大量に汗をかく。それでいて、45秒〜90秒で終わってしまう 全力とは違い、2分から5分ほど続けられる強度です。
これは発展レベルの練習です。前提として、UT2・UT1という低強度の土台 (会話できる強さで長く漕ぐ帯)が積めていて、AT(そのすぐ下の帯)まで一通り 経験していること。まだ自分がどの帯にいるかを読めない段階なら、先に 強度ゾーンの読み方 から始めてください。体調が整っている日にだけ組む練習です。
目的 — 酸素を運ぶ力そのものに、刺激を入れる
TR という名前は、英国の手引き(Concept2『Indoor Rowing Training Guide』)で Oxygen Transport(酸素の運搬)と名づけられています。この練習の狙いは、名前のとおり心臓と血液が酸素を運ぶ力そのものを伸ばすことです。手引きの言葉では、 ストレス下での筋への酸素運搬能の発達と、心拍から送り出される血液量の増大。 ねらう先には、最大酸素摂取量(VO2max。運動中に体が取り込める酸素の最大量)があります。
強度配分を3つに束ねて見るとき、TR は AN の入り口(AC)とともに高強度(HIT)に分類されます。ひとつ下の AT が、名前に反して 中強度に置かれるのとは対照的です。つまり TR は、はっきりと「高強度側の帯」。 レースの後半を支える出力を、上から刺激しにいく練習だと考えてください。
ここで扱うのは、あくまで「今日、何を、どれだけ漕ぐか」です。なぜ酸素を運ぶ力を 刺激すると速くなるのか、体のなかで何が起きているのか。その仕組みは エネルギー供給と強度区分 にゆずります。この記事は処方(メニュー)に徹します。
所要時間 — きつい部分は、意外と短い
このメニューの所要時間は30〜60分です。英国代表(GB Rowing Team)が 公開している区分表でも、TR のセッションは1回30〜60分とされています。ただし、 そのなかで本当に「きつい」のはごく一部。全力に近い漕ぎの合計は、 手引きの目安で12〜18分ほどにすぎません。
残りは、いつもより長いウォームアップと、同じくらい長いクールダウンです。 高強度を扱う帯ほど、前後の準備と流しに時間が要ります。時間の長さに 身構えなくても大丈夫です。短く強く漕ぎ、前後をていねいに使います。
強度 — この帯は、心拍もまだ使える
TR は、苦しくてあえぐ強さです。主観的なきつさ(RPE。自分の感じるきつさを 0〜10の数字にしたもの)でいえば、7〜8あたり。「きついが、2〜5分なら続けられる」 という、ぎりぎりの上限です。心拍とレートの目安は下のとおり。
AN(すぐ上の帯)と違って、TR では心拍がまだ手がかりになります。 英国代表の区分表も、TR には心拍の目安を置いています(AN の上のほう、無酸素性容量・ パワーには、そもそも心拍が指定されていません。心拍が指標にならないほど強い、という 意味です)。一本が2〜5分と長めなので、心拍が上がりきる時間があるからです。とはいえ、 「220−年齢」で出す最大心拍の推定には誤差があるので、数字は窓の一つとして使い、 最後は「その強さを最後まで保てたか」で判断します。心拍やレートの読み方の詳しい話は 強度ゾーンの読み方 にまとめてあります。
実施方法 — 短く区切って、同じだけ休む
エルゴメーター(ローイングマシン)でも水上でも、組み立ての考え方は同じです。 レース強度に近い一本を、2〜5分で区切り、漕いだ時間と同じだけ休みながら繰り返します。 手順は次の5つで足ります。
- まず、長めに温める高い強度を扱うほど、準備が要ります。手引きの目安では、TR のウォームアップは 12〜15分。心拍と呼吸を段階的に上げ、短い加速を数本入れて、体を高い出力に 慣らしてから始めます。なぜそれだけの準備が要るのか、体の理由は ウォームアップとクールダウンに。
- 一本を、2〜5分で切るインターバル(一定の運動と休息を繰り返す形)の一本は、2〜5分(Concept2の目安)。レース強度に近い、苦しくあえぐ強さで。ただし全力ではありません。最後の一本まで同じ強さを保てる範囲に収めます。レートは28〜32あたりに自然に落ち着けばよく、そこへ無理に合わせにいく必要はありません。
- 休息は、漕いだ時間と同じだけConcept2の目安は休息100%。2分漕いだら2分休むというように、漕いだ時間と同じだけ休みます。ここを削ると、次の一本の質が落ちます。休みは、次の一本を同じ強さで漕ぐためにあります。
- 合計は、12〜18分にとどめる一回の合計仕事時間は12〜18分が目安の上限。スプリット(500mを進むのにかかるタイム)が 垂れてきたら、そこがその日の本数の上限です。「あと一本」で崩れた一本を足しても、 練習の質は上がりません。レース全体のペース配分は レースペース練習 で別に組み立てます。
- 同じくらい長く、流して終えるクールダウンはウォームアップと同じ12〜15分を目安に。安静時心拍の2倍程度の、ゆるい漕ぎで心拍を落としてから上がります。強度が高い日ほど、流す時間が要ります。
TR がうまくいっている合図は、本数の多さではありません。最後の一本まで、 最初の一本と同じスプリットで漕げていることです。
注意点 — 高強度は、週のごく一部にとどめる
TR でいちばん大事なのは、週のなかでの入れ方です。 この帯は、少なすぎて困ることより、入れすぎて練習全体を壊すことのほうがはるかに多い。 だから注意点も、そのほとんどが「増やしすぎない」に集まります。
公開資料が口をそろえるのは、練習の大半は低強度(会話できる強さ)であるべき、という点です。 英国代表(GB Rowing Team)の解説では、週の8割超から95%が低強度。World Rowing (国際ボート連盟)が実測した一流漕手の配分でも、準備期で低強度が86〜94%、 レースが近い時期でも70〜77%を占め、低〜中強度を合わせると通年で92〜99%に達します。 TR のような高強度は、そのごく一部に収まる、というのが共通の姿です。
英国代表の解説は、高強度の量を増やした研究は記録の向上を示さないことが多く、 しばしばオーバートレーニング(練習しすぎで、かえって調子を崩す状態)の兆候が出る、 と明記しています。「効くから増やす」が、この帯では裏目に出やすいのです。
体調の窓も見てください。朝の安静時心拍が、いつもより6〜8拍/分以上高い日は、 戻るまで強度を上げない。これは古くからの目安の一つです。また Concept2 の公式ブログは、 より高い心拍ゾーンに入るのは医療専門家の承認を得た場合のみ、としています。 息苦しさや胸の違和感など、いつもと違う症状があれば、その日は上げないでください。
なぜ低強度がそこまで土台になるのか、酸素を運ぶ力への刺激が体に何を起こすのか。 その仕組みは エネルギー供給と強度区分 にまとめてあります。ここでは「どれだけ、どの頻度でやるか」に徹します。
よくある失敗 — TR を、週に何度も組む
TR でいちばん多い失敗は、はっきりしています。効いた手応えがあるぶん、週に何度も TR を組んでしまうことです。けれど、この帯は 回数を重ねるほど良くなる練習ではありません。むしろ、低強度の土台と、 回復のための時間を削ってしまいます。
指導者向けポイント
見るべき点は二つ。一本ごとに落ちていないかと、週のなかで増えすぎていないかです。
