練習メニューに「UT 90分」とだけ書かれていて、心のどこかで納得できていない。 そういう気持ちは、自然なものです。レースは数分なのに、その何倍も、 息が上がらない強さで漕ぐ。速くなる実感は、正直、その日には出ません。
それでも、この帯が一年でいちばん大切です。この練習は入門レベルで、ローイングを始めたばかりの人が、 最初に量を積むべき帯にあたります。UT2(ユーティライゼーション2。「利用」の2。 会話できる強さで長く漕ぐ、有酸素の土台の帯)は、いちばん量をこなす練習です。
このメニューの狙い
UT2でいちばん変わるのは、練習の「土台の厚さ」です。 UT2は脂質も燃料に使える帯で、翌日に疲れを残しにくいのが最大の持ち味。 だから、無理なく大きな量を積み重ねられます。
この「回復を邪魔しない」という性質が、実は決定的です。強い練習は刺激も強いぶん、 回復に時間を食います。UT2は回復コストが低いので、翌日の練習を犠牲にせずに時間を積める、 数少ない選択肢なのです。英国代表(GB Rowing Team)の解説でも、低強度の最大の利点は 「回復に要する時間が短く、非常に大きな量をこなせること」だと説明されています。
その結果、UT2をふくむ低強度は、週の練習の大半を占めます。 英国代表の解説では週の8割超から95%が低強度。World Rowing(国際ボート連盟)が 実測した一流漕手の配分でも、準備期で低強度が86〜94%、レースが近い時期でも70〜77%を 占めていました。「速くならない練習に見えて、一年の土台」という位置づけは、 ここから来ています。
ミトコンドリア(細胞の中でエネルギーを作る器官)が増えるといった、 低強度が効く体の仕組みは、この記事では扱いません。処方(何をやるか)に徹します。 仕組みを知りたくなったら エネルギー供給と強度区分へ。UT2をふくむ5つの帯の全体像は 強度ゾーンの読み方にまとめてあります。
どれくらいの時間、どれくらいの強さで
まず時間から。このメニューの所要時間はおよそ60〜120分です。 出典によって幅があり、Concept2の手引きでは60〜90分の連続漕、 英国代表の資料では60〜180分とされています。60〜120分は、その範囲に収まる 現実的な目安と考えてください。
次に強さ。UT2は会話できる強度の帯です。目安の心拍とレート (1分間に漕ぐ本数)を、公開資料の数字で見てみましょう。いずれも幅(レンジ)で示します。 単一の断定値にはできません。
そして、いちばん頼れる物差しが「話せるか」です。道具がいりません。 UT2は、リラックスして最後まで会話が続く強さ。英語圏で talk test(トークテスト。 会話テスト)と呼ばれる、この単純な窓が、初心者にとってはいちばん実用的です。 主観的なきつさで言えば、10段階で2〜3程度、「まだ楽に話せる」あたりに収めます。
実施方法
基本は連続で長く漕ぐだけです。難しい構造はいりません。 今日の一本を、次の手順で組み立ててください。
- ウォームアップを5〜8分軽く漕いで体を温める。いきなり目標の強さに入らず、心拍と呼吸をゆっくり上げていく。
- 会話できる強さで、60〜120分を漕ぐ基本はスティディステイト(一定の強さで漕ぎ続ける連続漕)。手引きの例は 60分の連続漕です。レートは18〜20に自然に落ち着けば十分です。 狙うのは、最後まで会話が続く強さです。
- 長く感じるなら、区切ってもよい手引きの構造では、20〜90分を1本とし、休息は漕いだ時間の10〜20%ほど(たとえば40分漕いだら4〜8分休む)。距離で管理するなら12〜20kmが英国代表の目安ですが、これは代表クラス向けの量です。
- クールダウンを5〜8分安静時心拍の約2倍くらいの、ゆるい漕ぎで終える。急に止めず、体を下ろしていく。
注意点
UT2は低強度なので、急な怪我のリスクは高くありません。だからこそ、 気をつけたいのは別の二つです。
一つめは、長く漕ぐぶん、フォームが崩れやすいこと。疲れてくると姿勢がゆるみ、雑な一本が増えます。ところが、息が上がっていないUT2は、 本来1本を丁寧に作り直せる、いちばん贅沢な時間でもあります。 長い時間を「ただ流す」のではなく、フォームを保つ時間として使ってください。
二つめは、体調のサインを見落とさないこと。UT2の量が積めるのは、回復できているからです。朝、安静時の心拍がいつもより 6〜8拍/分以上高い日は、戻るまで強度を上げない。これは古くからある目安の一つです。 なぜ低強度が回復を邪魔しないのか、その体の仕組みは エネルギー供給と強度区分にまとめてあります。
よくある失敗 — UT2が、いつのまにかUT1になる
UT2でいちばん多い失敗は、たった一つです。速く漕ぎすぎて、 UT2がUT1(一段上の帯)になってしまうこと。本人は UT2のつもりでも、実際には一段上の強さで漕いでいる、という取り違えです。
UT2で試されるのは、速く漕ぐ力ではなく、速く漕がずに我慢する力です。
