AN は、練習メニューのなかでいちばん「効いた気になる」帯です。追い込んだ、 やり切った、という手応えがはっきり残ります。ところが、その手応えこそが落とし穴で、AN は足すほど良くなる練習ではありません。むしろ、増やしすぎると練習全体の質を落とします。
これは発展レベルの練習です。前提として、UT2・UT1という低強度の土台 (会話できる強さで長く漕ぐ帯)ができていること。まだ自分がどの帯にいるかを読めない段階なら、 先に 強度ゾーンの読み方 から始めてください。息が続かない強度なので、体調が整っている日にだけ組みます。
目的 — スタートとラストの、息が続かない帯
AN(Anaerobic。無酸素=酸素の供給が追いつかない強さ)は、レースのなかで スタートの数十本と、ラストスパートでだけ現れる領域です。この練習の狙いは、 その「息が続かない強度」に体を慣らしておくこと。手引き(Concept2)の言葉では、 スピードの向上と、無酸素で働くことへの順化です。
英国代表(GB Rowing Team)は、この領域をさらに無酸素性容量(AC)と 無酸素性パワー(AP)の2つに分けています。カナダの公開資料は、最も高強度の カテゴリーの狙いに「スタートの感覚」を挙げています。つまり AN は、速さそのものと、「その強度で漕いだ経験」をつくる帯だと考えてください。 やっていない強度は、本番でも出せません。
ここで扱うのは、あくまで「帯(強度)」です。スタートの動作そのものを作る練習は スタート練習 に、レース全体のペース配分の組み立ては レースペース練習 にゆずります。 なぜ無酸素の練習がスピードにつながるのか、体の仕組みは エネルギー供給と強度区分 へ。この記事は「今日、何を、どれだけやるか」に徹します。
所要時間 — 短い。それでいい
このメニューの所要時間は20〜45分。ただし、その中で本当に「きつい」のは ごく一部です。息が続かない全力に近い漕ぎは、合計しても9〜12分ほど(Concept2の目安)。 残りは、いつもより長いウォームアップと、同じくらい長いクールダウンです。
だから、時間の長さに身構えなくて大丈夫です。むしろ、短いからこそ効かせられる帯だと 考えてください。前後の準備と流しを手引きの目安いっぱい(この帯は各15〜20分ほど)に取ると、 全体はこれより長くなることもあります。逆に、別の練習の最後に短く付け足す形なら、 もっと短くも組めます。
強度 — 心拍より、レートと体感で
この帯には、はっきりした目印があります。息も絶え絶えで、声も出ない。 主観的なきつさは最上位——非常に苦しい強さです。心拍とレートの目安は下のとおりですが、 AN でいちばん頼れるのは、実は心拍ではありません。
心拍をあてにしにくい理由は二つあります。ひとつは、上に書いたとおり手引きのなかで 数字も尺度もぶれていること。もうひとつは、英国代表の区分表が、この最高強度域 (AC・AP)に心拍を指定していないことです。心拍が指標にならないほど強い、 という意味です。だから AN では、レートと体感(もう一本いけるか、声が出るか)で 強さを捉えます。数字を合わせにいくのではなく、全力に近い一本を切ったら、 結果としてこのあたりに収まる、という順番です。
実施方法 — 短く、全力に近く、たっぷり休む
エルゴメーター(ローイングマシン)でも水上でも、組み立ての考え方は同じです。 短い全力に近い一本を、しっかり休みを挟んで、少ない本数だけ繰り返します。 手順は次の5つで足ります。
- まず、いつもより長く温める冷えた体で全力に入らないこと。この帯はウォームアップがいちばん長く、各15〜20分ほどを目安とする資料もあります。心拍と呼吸を段階的に上げ、短い加速を数本入れて、体を高い出力に慣らしてから始めます。
- 一本を、短く全力に近く切る一本の長さは45〜90秒(Concept2の目安)。カナダの公開資料は、最も高強度のカテゴリーを「30〜60ストローク、または1〜2分、レートはレースレートより上」と説明します。レートは32以上、ないし最大。ただしレートは結果であって、追いにいく数字ではありません。
- 休息は、たっぷり取るConcept2の目安は休息100%(漕いだ時間と同じだけ休む。90秒漕いだら90秒休む)。カナダの資料は、最高強度カテゴリーで漕いだ時間の4〜5倍の休みを置きます。資料によって幅はありますが、共通するのは「休みは回復のためにある」こと。短くしてはいけません。
- 本数を、欲張らない一回の合計仕事時間は9〜12分が目安の上限。スプリット(500mを進むのにかかるタイム)や スピードが落ちてきたら、そこがその日の本数の上限です。「あと一本」で崩れた一本を足しても、 練習の質は上がりません。レース全体のペース配分は レースペース練習 で別に組み立てます。
- 同じくらい長く、流して終えるクールダウンはウォームアップと同じ長さを目安に。安静時心拍の2倍程度の、ゆるい漕ぎで心拍を落としてから上がります。高強度のあとほど、流す時間が要ります。
この帯でうまくいっている合図は、本数の多さではありません。最後の一本まで、 最初の一本と同じスピードで漕げていることです。
注意点 — 量が、練習全体を決める
AN でいちばん大事なのは、量です。 この帯は、少なすぎて困ることより、多すぎて練習全体を壊すことのほうがはるかに多い。 だから注意点も、そのほとんどが「入れすぎない」に集まります。
公開資料が口をそろえるのは、練習の大半は低強度(会話できる強さ)であるべき、という点です。 World Rowing(国際ボート連盟)が実測した一流漕手の配分では、準備期で低強度が 86〜94%、レースが近い時期でも70〜77%を占め、低〜中強度を合わせると通年で 92〜99%に達します。AN のような高強度は、そのごく一部に収まります。
英国代表の解説は、高強度の量を増やした研究は記録の向上を示さないことが多く、 しばしばオーバートレーニング(練習しすぎで、かえって調子を崩す状態)の兆候が出る、 と明記しています。「効くから増やす」が、この帯では裏目に出やすいのです。
体調の窓も見てください。朝の安静時心拍が、いつもより6〜8拍/分以上高い日は、 戻るまで強度を上げない。これは古くからの目安の一つです。また Concept2 の公式ブログは、 より高い心拍ゾーンに入るのは医療専門家の承認を得た場合のみ、としています。 息苦しさや胸の違和感など、いつもと違う症状があれば、その日は上げないでください。
なぜ低強度がそこまで土台になるのか、無酸素の練習が体に何を起こすのか。その仕組みは エネルギー供給と強度区分 にまとめてあります。ここでは「どれだけやるか」に徹します。
指導者向けポイント
見るべきは二つ。落ちていないかと、増えすぎていないかです。
