レースペース練習は、名前のとおり「本番と同じ速さ」で漕ぐ練習です。 ねらいは一つだけ。レースで出したい強度を、先に体へ覚え込ませること。やっていない強度は、当日いきなりは出せません。逆に、練習で何度も通した強度なら、 本番でも迷わず入っていけます。
ただし、2000mをそのままの速さで何本も漕ぐのは現実的ではありません。 そこで、2000mを500mや1000mに区切り、休みを挟みながら、 本番の強度だけを取り出して積む。これがこの練習の骨格です。 丸ごと1本ぶんの疲れを負わずに、レースの強度に触れる時間を増やせます。
これは発展レベルの練習です。前提として、UT2・UT1という低強度の土台 (会話できる強さで長く漕ぐ帯)ができていること。まだ自分がどの帯にいるかを読めない段階なら、 先に 強度ゾーンの読み方 から始めてください。なぜ2000mのレースがこの強度で支えられているのか、体の仕組みは エネルギー供給と強度区分 にゆずります。この記事は「今日、何を、どれだけやるか」に徹します。
目的 — レースの強度を、体に覚え込ませる
対象レベルは発展です。目的は、レースで保ちたいスプリット(500mを進むのにかかるタイム)と、 その強度で漕ぎ続ける感覚を、体に先に入れておくこと。 さらにもう一つ、前半で使いすぎない、というペース配分の我慢も、 この練習で身につけます。速く漕ぐ能力と、その速さを最後まで配る技術は、別ものだからです。
カナダの公開資料は、レース強度の練習の狙いに「レース持久力」「レーススピードの感覚」 をはっきり挙げています。英国代表(GB Rowing Team)の区分表でも、レースに近い強度の帯は 「酸素を運ぶ力の発達」と位置づけられています。つまりレースペース練習は、速さそのものと、「その速さで漕いだ経験」を同時につくる帯です。
今日リハーサルする「本番の速さ」は、あてずっぽうで決めないでください。目標タイムから 500mごとの目安を逆算するには レース戦略シミュレーター が使えます。先に目標スプリットを決めてから、この練習に入ります。 なお、レースの入り(静止からの加速)だけは別の動作なので、 スタート練習 にゆずります。 ここで扱うのは、動き出したあとの「巡航の強度」です。
所要時間 — 長さより、密度
全体の所要時間は40〜80分。ただし、その中で本当にレース強度で漕ぐのは ごく一部です。残りは、いつもより長いウォームアップと、一本ごとの休息、 そして同じくらい長いクールダウンで占められます。
長さに身構えなくて大丈夫です。大事なのは時間の長さではなく、レース強度に触れた合計時間の密度。短く区切って休みを挟むからこそ、 崩れないまま本番の速さを積めます。前後の準備と流しをしっかり取ると全体は長めに、 区間を絞れば短めにも組めます。
強度 — TR から AN の帯を、区間で行き来する
レースペースの強度は、有酸素の巡航より一段も二段も上、TR(Oxygen Transport。酸素を運ぶ力を上限まで使う帯)から AN(Anaerobic。無酸素=酸素の供給が追いつかない帯)のあたりを行き来します。 区間が長いほど TR 寄り、短く全力に近いほど AN 寄りになります。 体感でいえば、苦しくてあえぐところから、息も絶え絶えのところまで。
ここでの 28–36 spm は、レース強度(TR〜AN)の練習で目安にされる帯です。 エルゴの区分表がもとで、レートは強度の結果として見る数字です。いっぽう、本番の 水上レースで実際に刻むレート(レーティング)はこれより高いのがふつうで、本体で34–38、 スタート・スプリットは36–40 spm やそれ以上になります。区間ごとの目安は レース戦略シミュレーター にまとめています。練習では、レートを合わせにいくより、決めた強度とスプリットを 保つことを優先してください。
この帯で心拍を頼りにしすぎないのには理由があります。区間が短いと、心拍が上がりきる前に 一本が終わってしまう。英国代表の区分表も、最も高い強度域には心拍の目安を置いていません。 だからレースペースでは、目標スプリットを保てているかを第一の物差しにします。 数字を合わせにいくのではなく、決めた速さを最後の一本まで配れるか、という順番です。
実施方法 — 2000mを、区切って漕ぐ
エルゴメーター(ローイングマシン)でも水上でも、組み立ての考え方は同じです。 目標スプリットを先に決め、2000mを500mや1000mに区切り、休みを挟んで、 決めた速さを保てる本数だけ繰り返します。手順は次の五つで足ります。
- まず、いつもより長く温める高い強度を扱う練習ほど、長い準備が要ります。手引きの目安では、この帯の ウォームアップは12〜20分ほど。心拍と呼吸を段階的に上げ、短い加速を数本入れて、 レース強度に体を近づけてから始めます。なぜそれだけ要るのか、体の理由は ウォームアップとクールダウンに。
- 目標スプリットを、先に決めておく「できるだけ速く」ではなく、「本番で保ちたい速さ」を数字で決めます。 目標タイムから500mごとの目安を逆算するには レース戦略シミュレーター が使えます。この練習は、最大を試す場ではなく、決めたペースをリハーサルする場です。
- 500mか1000mに区切って、本番の速さで漕ぐ区間の例は、500mを数本、または1000mを数本。英国代表の区分表では、酸素運搬(TR)帯に 「500mを6〜9本(休息2分)」「1kmを4〜6本(休息2〜3分)」が挙げられています。 カナダの公開資料には「1000mを3本」「750mを5本」「2000mを一定ペースで3本」もあります。 いずれも代表クラス(エリート)向けの本数なので、発展途上のクルーはぐっと減らし、 目標スプリットを保てる範囲から始めてください。
- スプリットが垂れたら、そこで切る見るのは本数の多さではなく、決めた速さを保てているか。スプリットが落ち始めたら、 そこがその日の上限です。崩れた一本を足しても、リハーサルにはなりません。 漕ぎ終えたら、区間ごとのスプリットを スプリット/ペース分析 で並べると、前半で出しすぎていないか、どこで垂れたかが見えてきます。
- 同じくらい長く、流して終えるクールダウンはウォームアップと同じ長さを目安に、12〜20分ほど。安静時心拍の2倍程度の、ゆるい漕ぎで心拍を落としてから上がります。強度が高い日ほど、流す時間が要ります。
レースペース練習の成否は、何本漕げたかではありません。決めた速さを、最後の一本まで 同じように配れたかどうかです。
注意点 — 高強度は、量が全体を決める
レースペースは効く練習です。だからこそ、入れすぎにいちばん注意が要ります。 この帯は、少なすぎて困ることより、多すぎて練習全体を壊すことのほうがはるかに多い。
公開資料が口をそろえるのは、練習の大半は低強度(会話できる強さ)であるべき、という点です。 World Rowing(国際ボート連盟)が実測した一流漕手の配分では、準備期で低強度が86〜94%、 レースが近い時期でも70〜77%を占めます。レースペースのような高強度は、そのごく一部に収まります。 英国代表の解説も、高強度の量を増やした研究は記録の向上を示さないことが多く、 しばしばオーバートレーニング(練習しすぎで、かえって調子を崩す状態)の兆候が出る、 と明記しています。
体調の窓も見てください。朝の安静時心拍が、いつもより6〜8拍/分以上高い日は、 戻るまで強度を上げない。これは古くからの目安の一つです。また Concept2 の公式ブログは、 より高い心拍ゾーンに入るのは医療専門家の承認を得た場合のみ、としています。 息苦しさや胸の違和感など、いつもと違う症状があれば、その日は上げないでください。
体にも注意が要ります。止まりかけの艇を速く動かす一本は、脚の力を強く水へ伝える瞬間で、 フォームが崩れると腰に来ます。守り方の考え方は 腰痛の予防 に。 なぜ短い区間では心拍が当てにならないのか、その体の仕組みは エネルギー供給と強度区分 にまとめてあります。ここでは「どれだけやるか」に徹します。
指導者向けポイント
見るべきは二つ。決めた速さを配れているかと、前半で出しすぎていないかです。
