こぎだし

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リカバリー — 練習は、回復するまで終わらない

漕ぎ終えた瞬間に、その日の練習は終わっていません。本当に終わるのは、次に良い状態で漕げるところまで体が戻ったとき。回復は「何もしない」ことではなく、段取りです。クールダウン、補食の用意、次までの空け方——順番に組み立てましょう。

読了目安6分レベル入門公開日2026.07.15
艇庫の木のベンチに、練習後の回復のために用意された水筒と丸めたタオルが並び、奥の壁に1本のオールが静かに立てかけられている線画

きつい練習をやり切ると、それで一日の仕事は終わった気になります。ところが、 練習で体に入れた刺激が力に変わるのは、休んでいるあいだです。次に良い状態で漕げるところまで体が戻って、 はじめてその練習は完結します。回復は、練習そのものの後半です。

この記事は入門レベルの位置づけです。狙いはひとつ。 回復を「何もしない時間」ではなく、「段取り」として 組み立てられるようにすること。具体的には、漕ぎ終わりのクールダウン (練習の終わりに強度を落として体を戻す時間)、補食(食事の間を補う軽い食べ物)と 水分の用意、そして次の練習までの空け方。この三つを扱います。

なお、なぜ眠ると回復するのか、何をどれだけ食べればいいのか、 水分と電解質をどう摂るのか。こうした体の科学には、この記事では踏み込みません。 それぞれ 睡眠とリカバリースポーツ栄養の基礎水分補給と電解質の記事にゆずり、ここでは「段取り」に徹します。

このメニューの目的と、かかる時間

目的は、回復を偶然まかせにしないことです。 クールダウンをするかしないか、補食を口にするかしないか、次の練習までどれだけ空けるか。 これらを「その日の気分」で決めていると、疲れている日ほど段取りが飛びます。 そして皮肉なことに、疲れている日ほど回復の段取りが効いてきます。 だから、決めておく。それがこのメニューの中身です。

目安の所要時間
20–45
クールダウンの長さは直前の練習の強度で 5〜20分ほどに変わります(後述)。これに補食・水分の用意と、体を軽く動かす時間を合わせると、おおよそこの範囲に収まります。強い練習の日は長め、軽い日は短めに。あくまで目安で、艇種・環境・その日の状態で変わります。

時間そのものより大事なのは、順番です。 止まる前にゆるめる、座り込む前に整える、後回しにする前に用意しておく。 この順番を体で覚えてしまえば、疲れていても手が動きます。

強度 — どれくらい軽く動くか

回復のための漕ぎは、練習のなかでいちばん軽い部類です。 目安として、クールダウンは「安静時心拍(起き抜けなど、安静にしているときの脈拍)の 2倍程度の心拍での、ゆるい漕ぎ」とされています(Concept2 のエルゴメーター (ローイングマシン)向けの手引き)。強さの帯でいえば、いちばん低い UT2(会話できる強さで長く漕ぐ、最も低い強度帯)の下端か、それより軽いあたりです。

クールダウンの心拍の目安
約2倍×安静時心拍
強度の上限(UT2)
55–70%
レートの目安(UT2)
18–20spm
回復の漕ぎは UT2 の下端か、それより軽く。spm=1分間に漕ぐ本数(レート)です。数値は Concept2 の手引きの目安で、安静時心拍・最大心拍には大きな個人差があります(「220−年齢」で出す最大心拍の推定は誤差が大きい)。心拍計がなくても「最後まで、楽に会話が続くか」で十分に代用できます。

道具は要りません。頼れる物差しは「最後まで、楽に会話が続くか」です。 途切れず話せるくらいの軽さが、回復の漕ぎの上限。強度帯そのものの読み方は 強度ゾーンの読み方にまとめてあります。

実施方法 — 漕ぎ終わりからの段取り

漕ぎ終わってからの数十分を、次の三手で組み立てます。 特別な道具も知識も要りません。要るのは、順番を先に決めておくことだけです。

  1. 止まらずに、ゆるい漕ぎへ落とす
    漕ぎ終わってすぐ完全に止まるのではなく、強度を落として数分、漕ぎ続けます。 長さは直前の練習の強度で決めます(下の目安)。心拍が安静時の2倍程度まで 下りてくるのが目安。クールダウンがなぜ効くのかという体の仕組みは ウォームアップとクールダウンにゆずります。ここでは「どれくらいの長さで、どれくらい軽く」に徹します。
  2. 補食と水分は「先に」用意しておく
    疲れているほど、あとで用意しようとすると飛びます。だから、練習が始まる前に 手の届くところへ置いておく。これが段取りの核心です。何を・どれだけ・いつ 口にするかという中身は スポーツ栄養の基礎 水分補給と電解質に。この記事では「用意しておく」ところまでを受け持ちます。
  3. 体を軽く動かして、こわばりを取る
    座り込む前に、軽く動かして整えます。可動域(関節の動く範囲)を漕ぎの姿勢で 確かめる軽いモビリティは モビリティにまとめてあります。ここも「段取りとして組み込む」ことが目的で、 ストレッチの詳細には立ち入りません。

クールダウンの長さは、直前の練習が強かったほど長くとります。 手引きに載っている目安は、次のとおりです。ウォームアップとクールダウンは同じ長さ、 というのが基本の考え方です。

UT2 のあと
5–8
UT1 のあと
8–10
AT のあと
10–12
TR のあと
12–15
AN のあと
15–20
Concept2『Indoor Rowing Training Guide』の目安。UT2 は最も軽い帯、AN は最も強い帯です。強度が高いセッションほど長いクールダウンが要る、という向きだけでも覚えておけば十分です。2000年代前半の英国の手引きの数字なので、艇種・環境・チームの方針で前後します。

次の練習までを、どう空けるか

次にどれだけ間隔を空けるかは、直前の練習がどれだけ強かったかで決めます。 強い練習ほど、回復に時間が要る。この「強いほど休みが要る」という関係は、 1回の練習の中の休息にもはっきり出ていて、軽い UT2 では漕いだ時間の10〜20%ほどの休息ですが、 高強度の TR・AN では漕いだ時間と同じ100%まで増えます(Concept2 の手引き)。 セッションとセッションの間隔にも、同じ考え方が当てはまります。

とはいえ、回復日に完全に止まる必要はありません。むしろ、 会話できる軽い強さで動くこと(積極的休養。アクティブリカバリー。完全に休むのではなく、 軽く動いて回復を促す考え方)は、練習の土台づくりを兼ねられます。 英国代表の解説(Dan Moore / GB Rowing Team)でも、低強度の練習は体への負担が小さく回復が速いこと、 そして強い練習からの回復を、むしろ助けることが指摘されています。

回復は、練習をやめている時間ではありません。次の一本を成立させるための、段取りの時間です。

体からの合図も、一つ覚えておくと役立ちます。朝、起き抜けの脈拍が いつもより高い日が続くなら、体がまだ戻っていないサインです。

朝の安静時心拍の上昇
+6–8拍/分以上
原因が思い当たらないのに、朝の安静時心拍がこれだけ高い日が続くなら、正常に戻るまで強度を上げない、という古くからの目安です(Concept2 の手引き、単一資料)。あくまで一つの目安で、測定の条件や個人差で変わります。中止や再開の判断そのものは、指導者・主催者・医療者の指示を優先してください。

そして、いちばん効く回復手段は睡眠です。ただし、 どれだけ眠るか、質をどう上げるかという中身は 睡眠とリカバリーにゆずります。 この記事の役目は、「睡眠を段取りに組み込む」ところまでです。

レースが近い時期には、あえて練習量を減らすテーパリング(レース前に、練習量を意図的に落とすこと)を行います。 ある英国の手引きは、重要なレースの7〜10日前から量を落としていくことを勧めています (単一資料の目安)。ここでも、休むことは体力を落とすことではありません。 細かい詰め方はチームの計画に合わせてください。

注意点 — 疲れている日ほど、段取りが飛ぶ

回復は体調に直結します。痛み・しびれ・強い倦怠感など、いつもと違う不調があるときは、 回復の段取り以前の問題として、練習を止めて相談してください (末尾の但し書きも参照)。回復日の過ごし方は、あくまで元気なときの話です。

クールダウンと補食がいちばん飛びやすいのは、疲れている日・寒い日・時間がない日です。 そしてそれは、いちばん回復の段取りが要る日でもあります。 「もう十分やった」と感じた日ほど、最後の数分と、ひと口の補食を残しておいてください。

持ち帰ってほしいのは、一行だけで十分です。止まる前にゆるめ、後回しにする前に用意し、強い日ほど厚く休む。これが回復の段取りです。段取りが整ったら、次は心の段取りへ進みましょう。