きつい練習をやり切ると、それで一日の仕事は終わった気になります。ところが、 練習で体に入れた刺激が力に変わるのは、休んでいるあいだです。次に良い状態で漕げるところまで体が戻って、 はじめてその練習は完結します。回復は、練習そのものの後半です。
この記事は入門レベルの位置づけです。狙いはひとつ。 回復を「何もしない時間」ではなく、「段取り」として 組み立てられるようにすること。具体的には、漕ぎ終わりのクールダウン (練習の終わりに強度を落として体を戻す時間)、補食(食事の間を補う軽い食べ物)と 水分の用意、そして次の練習までの空け方。この三つを扱います。
なお、なぜ眠ると回復するのか、何をどれだけ食べればいいのか、 水分と電解質をどう摂るのか。こうした体の科学には、この記事では踏み込みません。 それぞれ 睡眠とリカバリー・スポーツ栄養の基礎・水分補給と電解質の記事にゆずり、ここでは「段取り」に徹します。
このメニューの目的と、かかる時間
目的は、回復を偶然まかせにしないことです。 クールダウンをするかしないか、補食を口にするかしないか、次の練習までどれだけ空けるか。 これらを「その日の気分」で決めていると、疲れている日ほど段取りが飛びます。 そして皮肉なことに、疲れている日ほど回復の段取りが効いてきます。 だから、決めておく。それがこのメニューの中身です。
時間そのものより大事なのは、順番です。 止まる前にゆるめる、座り込む前に整える、後回しにする前に用意しておく。 この順番を体で覚えてしまえば、疲れていても手が動きます。
強度 — どれくらい軽く動くか
回復のための漕ぎは、練習のなかでいちばん軽い部類です。 目安として、クールダウンは「安静時心拍(起き抜けなど、安静にしているときの脈拍)の 2倍程度の心拍での、ゆるい漕ぎ」とされています(Concept2 のエルゴメーター (ローイングマシン)向けの手引き)。強さの帯でいえば、いちばん低い UT2(会話できる強さで長く漕ぐ、最も低い強度帯)の下端か、それより軽いあたりです。
道具は要りません。頼れる物差しは「最後まで、楽に会話が続くか」です。 途切れず話せるくらいの軽さが、回復の漕ぎの上限。強度帯そのものの読み方は 強度ゾーンの読み方にまとめてあります。
実施方法 — 漕ぎ終わりからの段取り
漕ぎ終わってからの数十分を、次の三手で組み立てます。 特別な道具も知識も要りません。要るのは、順番を先に決めておくことだけです。
- 止まらずに、ゆるい漕ぎへ落とす漕ぎ終わってすぐ完全に止まるのではなく、強度を落として数分、漕ぎ続けます。 長さは直前の練習の強度で決めます(下の目安)。心拍が安静時の2倍程度まで 下りてくるのが目安。クールダウンがなぜ効くのかという体の仕組みは ウォームアップとクールダウンにゆずります。ここでは「どれくらいの長さで、どれくらい軽く」に徹します。
- 体を軽く動かして、こわばりを取る座り込む前に、軽く動かして整えます。可動域(関節の動く範囲)を漕ぎの姿勢で 確かめる軽いモビリティは モビリティにまとめてあります。ここも「段取りとして組み込む」ことが目的で、 ストレッチの詳細には立ち入りません。
クールダウンの長さは、直前の練習が強かったほど長くとります。 手引きに載っている目安は、次のとおりです。ウォームアップとクールダウンは同じ長さ、 というのが基本の考え方です。
次の練習までを、どう空けるか
次にどれだけ間隔を空けるかは、直前の練習がどれだけ強かったかで決めます。 強い練習ほど、回復に時間が要る。この「強いほど休みが要る」という関係は、 1回の練習の中の休息にもはっきり出ていて、軽い UT2 では漕いだ時間の10〜20%ほどの休息ですが、 高強度の TR・AN では漕いだ時間と同じ100%まで増えます(Concept2 の手引き)。 セッションとセッションの間隔にも、同じ考え方が当てはまります。
とはいえ、回復日に完全に止まる必要はありません。むしろ、 会話できる軽い強さで動くこと(積極的休養。アクティブリカバリー。完全に休むのではなく、 軽く動いて回復を促す考え方)は、練習の土台づくりを兼ねられます。 英国代表の解説(Dan Moore / GB Rowing Team)でも、低強度の練習は体への負担が小さく回復が速いこと、 そして強い練習からの回復を、むしろ助けることが指摘されています。
回復は、練習をやめている時間ではありません。次の一本を成立させるための、段取りの時間です。
体からの合図も、一つ覚えておくと役立ちます。朝、起き抜けの脈拍が いつもより高い日が続くなら、体がまだ戻っていないサインです。
そして、いちばん効く回復手段は睡眠です。ただし、 どれだけ眠るか、質をどう上げるかという中身は 睡眠とリカバリーにゆずります。 この記事の役目は、「睡眠を段取りに組み込む」ところまでです。
レースが近い時期には、あえて練習量を減らすテーパリング(レース前に、練習量を意図的に落とすこと)を行います。 ある英国の手引きは、重要なレースの7〜10日前から量を落としていくことを勧めています (単一資料の目安)。ここでも、休むことは体力を落とすことではありません。 細かい詰め方はチームの計画に合わせてください。
注意点 — 疲れている日ほど、段取りが飛ぶ
回復は体調に直結します。痛み・しびれ・強い倦怠感など、いつもと違う不調があるときは、 回復の段取り以前の問題として、練習を止めて相談してください (末尾の但し書きも参照)。回復日の過ごし方は、あくまで元気なときの話です。
クールダウンと補食がいちばん飛びやすいのは、疲れている日・寒い日・時間がない日です。 そしてそれは、いちばん回復の段取りが要る日でもあります。 「もう十分やった」と感じた日ほど、最後の数分と、ひと口の補食を残しておいてください。
持ち帰ってほしいのは、一行だけで十分です。止まる前にゆるめ、後回しにする前に用意し、強い日ほど厚く休む。これが回復の段取りです。段取りが整ったら、次は心の段取りへ進みましょう。
