こぎだし

TRAINING

スポーツ栄養の基礎 — 何を、どれだけ、いつ食べるか

練習がきついのは、まだ体ができていないからだけとは限りません。単純に、食べる量が追いついていないこともよくあります。細かい計算の前に、土台になる考え方から順に整理しましょう。

読了目安7分レベル入門公開日2026.07.14
艇庫の木のベンチに、皿にのったおにぎりとバナナの補食が並び、背後に漕ぐためのオールが1本立てかけられた静物のイラスト

ボートは、大きな筋肉を長い時間使い続ける競技です。練習量が増えれば、 体が必要とするエネルギーも当然増えます。ところが栄養の話は、 「何を食べるといいか」という各論から始まりがちで、そもそも足りているのかという、いちばん大事な問いが 飛ばされてしまいます。

まず、足りているかを疑う

練習で使うエネルギーに対して、食事から得るエネルギーが慢性的に 足りない状態が続くと、体は「省エネモード」に入ります。疲れが抜けない、 記録が伸びない、けがや体調不良が増える、月経が止まる—— ばらばらに見える不調が、ひとつの原因でつながっていることがあります。

国際オリンピック委員会(IOC)は2023年の合意声明で、この状態をスポーツにおける相対的エネルギー不足(REDs。練習で使う分に対して、 食事から得るエネルギーが足りない状態が続くこと)として整理しました。健康と競技成績の両方に及ぶ問題であり、 意図的な減量をしていなくても、単に食べる量が練習量に追いついていない だけで起こりうる、という点が重要です。

食事が足りていないだけの不調を、気持ちの問題と取り違えないこと。 栄養の話は、根性の話の手前にあります。

体がまだ成長している時期は、練習で使う分に加えて、成長そのものにも エネルギーが要ります。必要量が大人より大きくなりやすい一方で、 食べる量は自己流になりがちです。この話は鉄とエネルギー不足の記事で詳しく扱います。

炭水化物 — 漕ぐための燃料

炭水化物(ごはん、パン、麺、いも、果物などに多く含まれる糖質)は、 強度が上がるほど主役になる燃料です。体の中ではグリコーゲン(糖をためておく形)として筋肉と肝臓に蓄えられますが、そのタンクは無限ではありません。 前日や当日の食事が薄いまま長い練習に入ると、後半で失速します。

海外の公開ガイドラインでは、必要量を体重1kgあたり・1日あたりのグラム数で示し、その日の練習量で段階を分けるのが一般的です。下の目安を 見てください。

軽めの日
3–5g/kg/日
1〜3時間漕ぐ日
6–10g/kg/日
g/kg/日 は、体重1kgあたり・1日あたりのグラム数。練習の時間と強度、体格、年齢、季節で大きく変わる目安であり、処方ではありません。実際の量は指導者や管理栄養士と相談してください。

この数字を毎日計算する必要はありません。覚えておきたいのは方向だけです。練習が増えた日は、主食を増やす。オフに近い日は、そこまで盛らない。日本の食卓では主食が減らされがち ですが、漕手にとって主食は、削る対象ではなく調整の対象です。

糖質の量をもう少し細かく、そしてグリコーゲンという燃料タンクの仕組みや、 レガッタで一日に何度も漕ぐ日の戻し方まで踏み込んだ話は、漕ぐための燃料にまとめました。

たんぱく質 — 作り直すための材料

たんぱく質(肉、魚、卵、大豆製品、乳製品に多く含まれる)は、 練習で傷んだ筋肉を作り直す材料です。ここでよくある誤解は、 「一度にたくさん食べれば、そのぶん強くなる」という考え方です。 公開されている資料が共通して勧めているのは、一日の中で分けてとることのほうです。

1回の食事・補食で
20–40g
とる間隔
3–5時間
ローイング選手向けの公開レビューが挙げている目安。体格・年齢・練習量で変わります。特定の食品やサプリメントを指定するものではありません。

三度の食事にきちんとたんぱく質のおかずが入っていれば、この間隔は 自然に埋まります。朝食を抜くと、その日いちばん長い空白が生まれます。

脂質 — 減らしすぎない

脂質は「太る原因」として、まっさきに削られがちです。しかし脂質は エネルギー源であると同時に、ホルモンや細胞の材料でもあり、 一部のビタミンの吸収にも関わります。極端に減らすと、 結局はエネルギー不足の話に戻ってきます。

厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」には、たんぱく質・脂質・ 炭水化物が総エネルギーに占める割合という考え方 (エネルギー産生栄養素バランス。三つの栄養素の取り分を、 割合で見る発想)が示されています。これは競技者向けに作られた基準では ありませんが、どれか一つを敵にせず、三つのバランスで見るという視点は、海外のスポーツ栄養のガイドラインとも共通しています。

日本の部活動では「揚げ物を控える」「炭水化物を抜く」といった引き算の 話になりやすい一方、海外の公開資料は練習量に合わせて足すという組み立てで書かれています。同じことを言っているようで、 出発点が逆です。漕手にとっては、後者の発想のほうが実情に合います。

練習の前と後 — 補食が効く理由

補食(練習の合間や直後にとる軽い食事)は、お菓子のような間食とは役割が違います。食事と食事の間が空きすぎる ときに、その空白を埋めるための仕事です。放課後に練習して、 帰宅が夜になる。この生活で夕食まで何も食べないと、 体がいちばん材料を欲しがっている時間を空振りさせることになります。

  1. 練習の2〜3時間前に、炭水化物を中心にした食事
    消化の負担が軽いものを選ぶ。脂っこいものや量の多い食事は、胃に残りやすい。
  2. 足りないと感じたら、直前に少量の補食
    おにぎり、バナナ、パンなど。海外の公開資料でも、練習の30〜60分前に炭水化物を足す考え方が示されている。
  3. 練習後は、なるべく早く炭水化物とたんぱく質を
    食堂や帰宅まで時間が空くなら、艇庫でとれる補食を用意しておく。
  4. 夕食で、その日の不足を埋める
    一食ごとの完璧さより、一日の合計で足りているかを見る。

何を持っていくかは、チームの方針や、部活で許されている範囲に 合わせてください。ここで示したのは順番の考え方であり、 献立の指示ではありません。

軽量級と減量 — ひとりで決めない

ボートには軽量級(体重に上限を設けた出場区分)があります。基準の値や計量の方法は大会によって異なるので、出場前に 必ず大会要項で確認してください。

そのうえで、この記事がはっきり書いておきたいことがあります。短期間で体重を落とす方法は、ここには書きません。それは、書かないほうが安全だからです。食事を極端に抜く、水分を抜いて 体重を落とす。こうしたやり方は健康を損ないます。しかも、 軽量級の漕手を対象にした公開研究では、計量後に食べて飲んでも パフォーマンスの低下が完全には戻らないと報告されています。 つらい思いをした分だけ速くなる、という取引は成立しません。

さらに、軽量級の漕手への聞き取り調査(PLoS ONE、2022年)では、 年間を通した食事制限と急激な減量の結果として、睡眠の乱れ、疲労、 記録の低下、けが、月経の異常、そして引退後まで続く食行動の問題が 報告されています。体重の数字は、失うものの大きさを教えてくれません。

サプリメントを考える前に

栄養の話をしていると、必ずサプリメントの話が出ます。国内外の公開情報が そろって出発点に置いているのは、まず食事から(Food First)という考え方です。食事で埋められる穴を、粉や錠剤で埋めようとする前に、 三度の食事と補食を見直すほうが確実で安全です。費用も安くつきます。

そして、知っておくべき事実があります。日本アンチ・ドーピング機構(JADA)が 公開している情報によれば、サプリメントは法律上は「食品」に分類され、 原材料をすべて表示する義務がありません。表示にない物質が混入していた例が 報告されており、意図しない摂取であっても、体内に入れたものの最終的な責任は競技者本人にあります。

この記事では、特定の製品や成分について、使ってよい/いけないという判断は 一切しません。それは記事が担える役割ではないからです。 必要かどうかを考える段階になったら、JADAの情報、Global DRO (グローバル・ドロ。薬の使用可否を調べるための公式検索サービス)、 そして医師・薬剤師に確認してください。制度の仕組みと調べ方はアンチドーピングの基礎リテラシーの記事で扱います。最新の情報はJADAの公式サイトで確認するのが確実です。

明日から変えられること

栄養は、一度で完成させるものではありません。まずは朝食を抜かない練習が長い日は主食を増やす練習後に何か食べる。この三つだけです。 計算も計量も、その先の話です。

そして、体重や食事について不安が出てきたときは、ひとりで抱えないこと。 チームの指導者、学校の先生、医療者、管理栄養士。相談できる相手は、 思っているより近くにいます。