こぎだし

TRAINING

睡眠とリカバリー — 眠りは、練習の一部

眠りを削って練習量を増やすのは、器を割りながら水を注ぐようなものです。まず、どれくらい眠ればいいのかの目安を知り、朝練と学業のあいだで現実的に守れる形に落とし込みましょう。

読了目安6分レベル入門公開日2026.07.14
夜のベッドの枕元。ナイトテーブルの上の目覚まし時計と、壁に立てかけた1本のオール。

練習で体に入れた刺激は、その場で力になるわけではありません。刺激を受け取り、 修復し、少しだけ強い状態に作り直す——このリカバリー(練習の刺激から体が回復し、 作り直されていく過程)の多くは、眠っているあいだに進むと考えられています。

だから睡眠は「練習が終わったあとの余り時間」ではありません。 練習メニューと同じように、意識して設計する対象です。

眠りを削ると、何が起きると言われているか

断定はできません。ただ、公開されている研究では、睡眠時間が短い状態が続くことと、 怪我や不調とのあいだに関連があると報告されています。たとえば米国の高校生アスリート 112人を対象にした調査では、夜の睡眠が8時間未満の選手は、8時間以上の選手にくらべて 怪我の報告が多いという関連が見られました(およそ1.7倍)。

これは限られた人数の調査で、「眠らないと必ず怪我をする」という因果関係を示すものでは ありません。それでも、睡眠を先に削る習慣は、体に無理をさせる方向に働きやすい。 そう受け取っておけば十分です。

取り返すより、崩さない。睡眠を毎日の練習に近いものだと考えると、 扱い方が見えてきます。

何時間眠ればいいのか

目安は下のとおりです。ただし、この数字は「ここを下回ったら異常」という線ではなく、 多くの人にとって必要な時間が収まりやすいレンジにすぎません。

中学・高校生の目安
8–10時間 / 夜
成人の目安
7–9時間 / 夜
短い昼寝
20–30
公開ガイドラインが示す目安のレンジ。必要な時間には大きな個人差があります。厚生労働省の睡眠ガイドは成人について「個人差があるが6時間以上を目安に」とし、海外の睡眠医学の合意声明は「健康な成人は7時間以上」としています。数字を満たすことより、日中の眠気や疲れの残り方を手がかりにしてください。

海外のスポーツ医学の専門家による2021年の合意声明は、さらに踏み込んで、 「すべての選手に一律の時間(たとえば7〜9時間)をあてはめる考え方は、 健康にもパフォーマンスにも理想的とは言えない」としています。競技も、練習時間帯も、 体質も違うのだから、自分に必要な時間は自分で見つけるしかない、という立場です。

一方で、日本のトップ選手111人を腕時計型の計測器(アクチグラフ。動きから睡眠を 推定する機器)で測った国内の報告では、実際に眠っていた時間の平均は6時間半ほどで、 3割ほどの選手が6時間未満でした。目安のレンジと、現実にはひらきがあります。 これは日本の高校漕手全体の数字ではありませんが、「足りていないのは自分だけではない」 こと、そして「足りていない状態が普通になりやすい」ことの、両方を示しています。

朝練と学業のあいだで、眠りを設計する

学生漕手の一日は、そもそも眠りに不利にできています。海外の合意声明も、 午前8時より前に始まる早朝練習を、選手の睡眠を脅かす要因のひとつに数えています。 さらに思春期には、眠りに関わるホルモンが出はじめる時刻が後ろにずれ、 もともと夜型に傾きやすい。朝練は早く、体は遅く眠りたがる。この板挟みが実態です。

変えられないもの(朝練の時刻)を嘆くより、変えられるものから手をつけます。

  1. 起床時刻を先に固定する
    休日も、平日との差をできるだけ小さくする。体内時計は、就床時刻より起床時刻で整いやすい。
  2. 朝の光と、朝食
    起きたら光を浴び、朝食を抜かない。厚生労働省の睡眠ガイドが、こどもの夜ふかし対策として挙げている基本。
  3. 就床時刻を逆算する
    起床時刻から、必要な睡眠時間ぶんを引く。そこが「間に合わない」なら、削るのは睡眠ではなく、その手前の予定です。
  4. 夕方以降のカフェインを控える
    コーヒー、お茶、コーラ、エナジードリンク。含まれる量は飲み物によって大きく違う。
  5. 昼寝は短く、早い時間に
    20〜30分ほどで切り上げる。長くとりすぎると、目覚めた直後のぼんやり感(睡眠慣性)が強く出やすい。

カフェインは、眠気の合図をさえぎって効いているだけで、眠気そのものが消えるわけではありません。 切れたときに眠気がまとめて戻ってくるうえ、体から抜けるまでには時間がかかります。

1日の上限の目安
400mg
血中半減期
3–7時間
厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」が示す成人の目安。400mgはドリップコーヒーで珈琲カップ4杯分(約700cc)にあたる量です。代謝の速さには個人差が大きく、こどもは成人より少ない量で睡眠に影響が出るとされます。エナジードリンクは製品によって含有量の差が大きい点にも注意してください。

半減期が5時間の人なら、夕方に飲んだ1杯は、就寝時刻になってもまだ半分が体に残っている 計算になります。夜に眠れない原因は、朝や昼の選択にあるのかもしれません。

合宿・遠征・大会前夜の眠れなさ

環境が変わると眠りにくくなるのは、自然なことです。オーストラリアのトップ選手283人への 調査では、過去1年のうちに「大切な大会の前夜、いつもより眠れなかった」ことがある選手が 3人に2人ほどにのぼりました。いちばん多かった訴えは寝つけないことで、理由として挙がった のは、試合のことを考えてしまう、緊張する、といったものでした。多くの選手が、同じ夜を過ごしています。

同じ調査で目を引くのは、対処法の有無です。個人競技の選手にくらべ、団体競技の選手のほうが 「対処法を持っていない」と答えた割合が高いという結果でした。眠れないこと自体より、 眠れなかったときにどうするかを決めていないことのほうが、当日に効いてきます。

眠れない一夜より、それを怖がって毎晩を削ってしまうことのほうが、重くのしかかります。

できることは、環境をいつも通りに近づけることと、手順を決めておくことです。 海外の合意声明が挙げる寝室環境の要点は、光・音・電子機器を減らすこと、 そして室温です。

寝室の室温の目安
17–22
海外の専門家コンセンサスが挙げる目安のレンジ。季節・寝具・湿度・個人差で快適な温度は変わります。合宿所や宿舎で設定を変えられない場合は、寝具と服装で調整してください。
  1. 「いつも通り」を持っていく
    枕カバー、アイマスク、耳栓。荷物として軽く、環境の変化を小さくする効果は大きい。
  2. 眠れなかったときの手順を、先に決めておく
    起き上がって静かに過ごす、呼吸を整える、本を読む。何をするかを前もって決めておけば、焦りが一つ減る。
  3. 眠れない夜を、失敗にしない
    横になって体を休めること自体に意味はある。時計を何度も見て、眠れない自分を責めないこと。

眠れない状態が続くときは

生活を整えても、日中の強い眠気が続く。夜に何度も目が覚める。いびきを指摘される。 寝つくまでに毎晩30分以上かかる。こうした状態が続くときは、生活習慣の問題ではなく、 睡眠障害が隠れている可能性があります。

この記事にできるのは、そこまでを伝えることだけです。眠れない状態が続くなら、 我慢して練習を続けず、医療機関に相談してください。 それが、体を守るための正しい手順です。