漕いでいる最中は、飲めません。両手はオールを握っていて、艇は止まりません。 それでも水は持ち込みます。ペットボトルやスクイズボトル (片手で押して飲める、やわらかい容器)を艇に積んで出るのが普通です。 飲めるのは、手が空いた瞬間だけです。メニューがひと区切りついたとき、 周回コースで折り返すとき、コーチの話を聞くために艇を止めたとき。 ローイングの水分補給は、その数少ない区切りをどう使うかで決まります。
コックス(舵を取り、クルーに指示を出す人)が乗る艇では、クルーのボトルを コックスがまとめて足元に置いていることもよくあります。誰が、何本、どこに積むのか。 出艇前のその一手間が、水の上での選択肢をそのまま決めます。
そして、どれくらい飲むべきかには、全員共通の正解がありません。 汗の量は、体格・強度・気温・暑熱順化(体が暑さに慣れていくこと)の程度で、 同じクルーの中でも大きく違います。 だからこそ、公開されているガイドラインの多くは、 「自分で測る方法を渡す」という書き方をしています。
脱水は、気づく前に効いている
汗をかいて体重が減っていくと、血液の量が減り、心臓は同じ仕事をするために より多く拍動する必要が出てきます。体温を逃がす働きも落ちていきます。 結果として、同じ強度が同じ強度に感じられなくなる——これが、 脱水がパフォーマンスに効いてくるときの、典型的な感覚です。
国際的な公開ガイドラインが共通して置いている線は、体重の減り方です。下の目安を見てください。
水の上では汗が乾きやすく、川風にあたっていると「かいていない」と感じます。 寒い日も同じです。呼気と皮膚から水分は出続けていて、 そのうえ寒いと喉の渇きを感じにくくなります。 冬の練習後の頭の重さの正体が脱水であることは、珍しくありません。
自分の汗の量を、一度だけ測る
環境省の公開資料は、最適な水分摂取量を決める最も良い方法として、運動の前と後に体重を測ることを挙げています。 一度やっておけば、自分の「1時間あたりの目安」が手に入ります。 特別な道具は要りません。体重計と、飲んだ量のメモだけです。
- 練習前に体重を測るできるだけ薄着で、乗艇の直前に。艇庫に体重計があるなら、それを定位置にする。
- 飲んだ量を数えるボトル何本分か、だけでよい。500mLのボトルなら本数を覚えておく。
- 練習後に、もう一度測る濡れたウェアのままだと数字がずれるので、着替えるか、乾いた状態で測る。
- 引き算する(練習前の体重 − 練習後の体重)+ 飲んだ量 = その練習でかいた汗の量。練習時間で割れば、1時間あたりの目安になる。
これを暑い日と涼しい日に一度ずつやると、 自分の幅が見えてきます。国際ボート連盟(World Rowing)が公開している 栄養の解説記事も、条件によって必要量が大きく変わることを前提に、 レンジで示しています。
ナトリウムが要るのは、どんなときか
汗には塩分が含まれています。だから、汗をたくさんかいた状態で 水だけを大量に飲むと、体の中のナトリウム濃度が薄まっていきます。 電解質(汗といっしょに失われるナトリウムなどのミネラル)を 意識する必要が出てくるのは、主に次のような場面です。
長い練習(おおむね1時間を超えるもの)。暑い日。 汗が乾いてウェアや肌に白い跡が残るタイプの人。 そして、レガッタ(ボートの競技会)のように、 朝から夕方まで会場にいて、何度も水分を摂る一日。
この数字は、日本の公的機関が「誰でも同じように作れる」形で示している点に 特徴があります。特別な製品を買わなくても、 手元の水に少量の食塩を溶かせば届く濃度として書かれています。
日本の指針と、海外の指針を並べて読む
この分野は、日本と海外で「言っていること」は近く、 「渡し方」が違います。並べて読むと、両方の意図が見えてきます。
日本の公開指針(環境省・日本スポーツ協会など)は、 誰でも今日から実行できる具体的な濃度と、 体重減少2%以内という共通の目安を、はっきり示します。 学校の部活動のように、指導者の専門性に幅がある現場で 「全員が同じ安全ラインに乗れる」ことを重視した書き方です。
海外の公開ポジションステートメント(ACSM、NATA など)は、 ひとつの数字を配ることを避け、個々の発汗量を測って 自分用の計画を作ることを繰り返し求めます。 そして、足りないことと同じ強さで過剰に飲むことのリスクを書きます。
結論としては、両者は矛盾しません。 日本の指針の数字を出発点として使い、 海外の指針が言うように自分の体重で答え合わせをする。 この二段構えが、いちばん現実的です。
数字は借りてよい。ただし、最後に確かめるのは自分の体重計です。
ローイングの一日に、どう落とし込むか
最後に、練習日とレガッタの日に分けて、置きどころを整理します。 ここでは数字は出てきません。置き場所の話です。
- 乗艇の前に、飲んでおく艇を出す直前の一口では遅い。艇庫でリギング(艇のセッティング)を確認している時間が、ちょうどよいタイミングになる。
- ボトルを艇に積む自分の分は自分で。コックスが乗る艇なら、コックスに預けてまとめて足元に置いてもらうことも多い。転がって足に絡まない位置に置くのがコツ。
- 区切りで飲むメニューがひと区切りついたとき、周回で折り返すとき、コーチの話で艇を止めたとき。手が空く瞬間は限られている。「そのうち飲もう」は、たいてい飲まないまま終わる。
- 艇を上げた直後に、また飲む片付けの前に、揚艇してすぐ飲む。ここを逃すと、そのまま帰路に入ってしまう。
- レガッタでは、待ち時間を設計するアップ、レース、次のレースまでの待機。会場にいる時間の大半は「待ち」で、そこでの補給が積み上がる。ボトルは自分の分を自分で管理する。
- 寒い日ほど、意識して飲む渇きを感じにくいだけで、水分は失われている。冬の長い乗艇やエルゴメーター(ローイングマシン)の練習でも、ボトルを手元に置く。
クルーで漕ぐ以上、水分補給は個人の問題であると同時に、 クルー全体の問題でもあります。ひとりが脱水すれば、艇は進みません。 出艇前にボトルの積み込みを確認する。メニューに給水の区切りをあらかじめ入れておく。 そうした仕組みのほうが、個人の気合いより確実に効きます。
