水に出られない季節は、練習が地味になります。エルゴメーター(ローイングマシン)の画面と、 ウエイトルームの重りと、代わり映えのしない室内。派手なタイムも、水を切る感覚もありません。 冬のあいだ、自分が速くなっている実感は、正直、ほとんど出ません。
それでも、この時期の積み上げが、夏のスピードをいちばん左右します。これは基礎レベルの設計です。強度の帯(UT2・UT1など)をひととおり知っていて、 今シーズンの土台を組み立てたい人に向けた記事です。難しい話はしません。 冬に、何を、どんな比重で組むか。エルゴ・ウエイト・バイク・ランの並べ方を、順番に決めていきます。
この記事は「何をやるか」に徹します。なぜ低強度が効くのか、体の中で何が起きているのか。 その仕組みは エネルギー供給と強度区分 にまとめてあります。ここでは、冬の設計図だけを描きます。
目的 — 冬に積んだものが、夏に出る
冬の設計でいちばん変わるのは、シーズンの「土台の厚さ」です。 水に出られない数か月は、裏を返せば、急ぐ理由のない有酸素の量(UT2)を、 まとめて積める貴重な時期になります。
英国代表(GB Rowing Team)の解説には、この時期の位置づけがはっきり出ています。 彼らは冬季と合宿ではピラミッド型、夏のレースが近づくとポーラライズド型という、 時期による配分の使い分けを説明しています。ピラミッド型は、低強度をいちばん厚い土台に置き、 その上に中強度、いちばん上に細く高強度を積む形。冬は、この「土台を広げる」時期にあたります。
だから冬の狙いは、速いタイムを出すことではありません。夏に速く漕ぐための土台と、一本あたりの出力の天井を、いま用意しておくことです。 有酸素の量はエルゴとバイクで、出力の天井はウエイトで。それぞれの積み上げは、 その冬のうちには結果に見えません。けれど、春に水へ戻ったとき、艇の進みとして返ってきます。
土台の中心になる UT2 の帯そのものは UT2 — 長く、ゆっくり、話しながら でくわしく扱っています。この記事は、その UT2 を軸に、 冬の限られた環境で複数の練習をどう並べるかに焦点を当てます。
所要時間 — 中心は、1回60〜120分
冬の設計の中心になる有酸素のセッションは、1回およそ60〜120分です。 出典によって幅があり、Concept2の手引きでは低強度の連続漕を60〜90分、 英国代表の資料では60〜180分としています。60〜120分は、その範囲に収まる現実的な目安です。
ただし、冬でほんとうに効くのは、1回の長さより「何週も積み重ねること」のほうです。 1回60〜120分のセッションを、週に何本か、数か月。ウエイトや、 モビリティ(体を動かせる範囲を整える練習)は、これとは別枠の、もっと短い時間で組みます。 時間の設計は、1回の長さと、冬全体の積み上げの、二階建てで考えてください。
強度 — 大半は、会話できる強さ
冬の練習の色は、ひとことで言えば「大半が会話できる強さ」です。 土台を広げる時期なので、量の中心は低強度の帯、つまりUT2(会話できる強さで長く漕ぐ帯)と、 その一段上の UT1(話せるが、話したくない強さ)に置きます。
心拍の数字が「何に対する割合か」は、資料によって尺度が違います。その詳しい読み方は 強度ゾーンの読み方 にまとめました。冬のあいだ、いちばん頼れる物差しは、やはり「話せるか」です。 UT2 はリラックスして会話が続く強さ、UT1 は短い返事ならできるが続けたくない強さ。 道具がなくても、この窓で強度は十分に測れます。
では、その低強度を、週のどれくらいに置くのか。公開資料は、そろって「大半」と答えます。
冬がピラミッド型だというのは、この土台の上に、閾値(これ以上強くすると急に苦しくなる境目) あたりの練習を、夏より少し多めに置ける、という意味です。レースが近い時期ほど、 中強度は疲労のコストが見合わなくなって削られていきます。逆に言えば、閾値あたりの練習をまとまった量こなせるのは、冬の特権です。 ただし、それでも週の大半は会話できる強さ。土台を削ってまで中強度を増やすと、 冬の目的そのものが崩れます。
実施方法 — エルゴを軸に、バイクで量を足す
冬の限られた道具立てで、練習をどう並べるか。考え方はシンプルです。エルゴを背骨に置き、バイクで量を足し、ウエイトで出力の天井を上げ、ランは慎重に添える。順番に見ていきましょう。
- 土台の量を、エルゴで確保する冬の中心はエルゴの低強度。基本は会話できる強さの連続漕で、Concept2の例は60分の連続漕です。距離で管理するなら英国代表の目安は12〜20kmですが、これは代表クラス向けの量。まずは「60分を、会話できる強さで」を出発点にすると、安全に積み上げられます。
- 少し上げる日は、UT1のインターバルで週に一度か二度、一段だけ上げる日をつくります。Concept2の例は3×10分(休息5分)。 英国代表のUT1の例では、エルゴで4×2km(休息2分)や2×4km(休息3分)といった形も 示されています。休息は漕いだ時間の25〜50%が目安です。
いずれも代表向けの量なので、本数と距離はチームの指示に合わせてください。 - バイクで、量と単調さを散らすエルゴばかりだと、同じ動きの繰り返しで飽きやすく、負担も一点に集中します。 英国代表の資料は、低強度の帯でロードバイクや固定バイクをエルゴの代わりに挙げています。UT1のバイクの例は、 25〜30分の連続、2×20分(休息3分)、4×10分(休息2分)。 有酸素の量を、体の別の場所で積める選択肢です。
- ウエイトは、別の狙いとして組むウエイトは有酸素の量とは別枠です。狙うのは、一本で水に伝えられる力の天井を 上げること。何を、どの順で、どれだけ挙げるかは ウエイトトレーニング にゆずります。冬は時間が取れるぶん、フォームを固めるのに向いた時期です。
- ランは、足すなら慎重に走りも有酸素の量を積む手段のひとつですが、今回参照した公開資料(Concept2・英国代表)が低強度の代わりに挙げていたのはバイクで、ランのローイング向けメニューは見当たりませんでした。着地の衝撃という別の負担もあります。足すなら少量から、チームの方針に沿って。ここでは数値の断定は避けます。
- 前後を、いつもより丁寧に冷えた体で強度に入らないこと。ウォームアップとクールダウンは各5〜10分を目安に、寒い時期ほど長めに取ります。クールダウンは安静時心拍の2倍程度の、ゆるい漕ぎで終えます。
冬に増やすべきは、きつさではなく、量です。土台は、会話できる強さでしか広がりません。
注意点 — 量が増える冬こそ、体を守る
冬は練習の総量が増えやすく、しかも同じ動きの繰り返しになりがちです。 だから注意点は、一点に負担が集中することに集まります。
いちばん守りたいのは、腰です。エルゴの長い距離と、ウエイトのバーベルは、どちらも腰に負担がかかります。 疲れてくるとキャッチ(ブレードが水に入る一瞬。エルゴでも同じ姿勢をとる)で背中が 丸まりやすく、その状態で重いものを扱うと、傷めやすくなります。腰の守り方は 腰痛の予防 にくわしくまとめてあります。ウエイトのフォームを固める順番は ウエイトトレーニング へ。
もうひとつは、回復のサインを見落とさないこと。量が積めるのは、回復できているからです。朝、安静時の心拍がいつもより6〜8拍/分以上高い日は、 戻るまで強度を上げない。これは古くからある目安の一つです。冬は「せっかくの練習日だから」と 押しがちですが、土台は、押し切った日ではなく、回復できた日に積み上がります。
よくある失敗 — 冬のエルゴが、全部「中くらい」になる
冬にいちばん多い失敗は、はっきりしています。低強度でやるはずのエルゴが、いつのまにか全部「中くらいの強さ」になってしまうことです。
楽な日が楽になりきらない冬は、量を積んでいるようで、土台が伸びません。
指導者向けポイント
冬は、選手のモチベーションと、練習の質が、いちばんぶれやすい時期です。 見るべきは、土台が守れているかです。
