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肋骨の疲労骨折 — ローイング特有の故障を知っておく

胸やわき腹の痛みは、漕手にとって軽く扱えないサインです。ローイングには肋骨の疲労骨折という競技に特徴的な故障があり、早く気づくほど失う期間が短くて済む可能性があります。仕組みと数字、受診の目安を整理します。

読了目安7分レベル基礎公開日2026.07.20
使われずに休んでいる室内用ローイングマシン(エルゴメーター)を真横から描いた線画。座面の上にたたんだタオルが一枚置かれ、誰も乗っていない静かな室内で、練習を止めて体を休める様子を表している。

疲労骨折という言葉は、転倒や衝突で起きる骨折とは別物を指します。繰り返しかかる 負荷で骨に小さな傷が積み重なり、修復が追いつかなくなって起きる障害で、骨折に 至る前の「骨のストレス反応」という段階から連続しています。肋骨のそれは、海外の 資料で漕手の障害を語るときに必ず登場する、ローイングと縁の深い故障です。

知っておく価値は、予防の細かい方法より、早く気づけるようになることにあります。 うずきの段階で対応した場合と、骨折まで進んでから気づいた場合とでは、失う期間が 違ってくる可能性がある、と資料に書かれているからです。

なぜ、肋骨に起きるのか

ローイングは、オールを通じて大きな力を出し続ける競技です。ハンドルを引く力は 腕から肩、背中、体幹を通って艇に伝わります。その通り道の途中に、肋骨のかご (胸郭)があります。漕ぐたびに、胸郭には強い筋肉の力が繰り返しかかります。

どの力が骨を傷めるのかについて、文献には主に2つの説が挙がっています。1つは、 脇の下から肋骨に張りつく筋肉(前鋸筋)と、わき腹の筋肉(外腹斜筋)が肋骨を 互いに逆向きに引っぱり、ドライブ(脚で押して艇を加速させる局面)の終盤に、 骨をずらす方向の力が生まれるという説。もう1つは、ハンドルから伝わる力と、 肩甲骨を背中側へ引き寄せる筋肉が、胸郭を締めつけるように圧縮するという説です。 ただし、仕組みはまだ完全には解明されていない、という留保も文献に明記されて います。

起きやすい場所は第4〜9肋骨あたり、体の横から前寄りにかけてが多いと報告されて います。スイープ(1人が1本のオールを持つ艇種)でもスカル(両手に1本ずつ持つ 艇種)でも起こります。時期としては、冬から早春にかけての集中的なトレーニング期、 なかでも低いレートで1本あたりの負荷が高いエルゴメーター(ローイングマシン)を 長く行う時期が挙げられています。

トップ選手に多く報告される障害ですが、トップ選手だけのものでもありません。 練習量が急に増えれば、学生でも起こります。

どのくらい起きているのか

公開資料にある数字を2つ紹介します。この2つは分母が違うので、並べて比べる ことはできません。

ローイングの障害全体に占める割合
9–10%
エリート漕手が競技生活で経験する割合
8–16%
1つめは、ローイングで報告される障害全体のうち肋骨の疲労骨折が占める割合として、複数の総説・レビューで一致している幅です。2つめは系統的レビューによる推定で、大学漕手では2%、ジュニアのトップ選手では1%という別系統の報告もあります。いずれも調査の方法・対象・障害の定義で変わる数字で、自分に当てはまる確率を示すものではありません。

障害全体の1割ほどですから、腰痛のように大半の漕手が経験するものではないに せよ、競技生活のなかで無縁とは言い切れない頻度です。見逃したときに失う期間が 長くなりうることが、この故障に1本の記事を立てた理由です。

初期サインと、受診を強く勧める状況

この故障の始まりは、劇的ではありません。資料によると、まず胸壁(胸の外側)の うずくような違和感として現れます。「疲れがたまっているのかな」で流しやすい 段階です。進行すると、場所をはっきり指させる鋭い痛みに変わっていきます。 骨折に至った段階では、咳や深呼吸をしたとき、姿勢を変えたとき、夜に寝返りを 打ったときに痛みが強まる、と複数の資料が一致して挙げています。キャッチ (オールの先を水に入れる瞬間)で決まって痛むという訴えも、早い時期の特徴と して記載があります。

次のような状況では、練習を続けず、医療機関で診てもらってください。

  • 深呼吸や咳で強まる、場所をはっきり指させる胸の痛みがある
  • 寝返りや、姿勢を変える動作で胸が痛む
  • 胸のうずくような違和感が、数日たっても消えない
  • 漕ぐたびに、胸の同じ場所が痛む

この記事は「どこまでなら様子を見てよいか」という線引きをしません。胸の痛みには 肋骨以外の原因もあり、文章で仕分けることはできないからです。迷う痛みは、相談して よい痛みです。受診先を選べるなら、スポーツ整形外科が相談しやすい窓口になります。

もう1つ、知っておくと役に立つ事実があります。肋骨の疲労骨折は、エックス線 (レントゲン)に写りにくいことが資料に明記されており、確認には別の画像検査が 必要になる場合があります。つまり「レントゲンでは異常がなかった」で話が終わらない ことがある故障です。検査の後も痛みが続くなら、そのことをもう一度医療機関に 伝えてください。

早く気づくことには意味があります。うずきの段階で練習の強度を落とせば、急性の 骨折への進行を防げる可能性がある、と資料に書かれています。痛みをおして漕ぎ 続ければ、失う期間はそのぶん延びていきます。痛みが出たら、その場でやめてよい。 これは各国の資料に共通する原則です。

疑って受診して、何ごともなければ、それがいちばん良い結果です。

リスクを下げるためにできること

先に前提を書きます。肋骨の疲労骨折には、「これをやれば防げる」と効果が確かめ られた予防法がまだありません。系統的レビューも、予防の効果を検証した研究が 見つからないことを明記しています。以下は、公開資料が共通して注意を向けている 先です。

最も多く語られるのは、練習の量と内容を急に変えないことです。ローイングの障害の 大半は使いすぎ(オーバーユース)によるもので、量の急増や内容の急な変更が発生に 関わるとされています。肋骨についても、冬のエルゴ集中期や、春に乗艇を再開する 時期のような切り替わりで量が跳ね上がらないよう、段階を踏むことが挙げられて います。1本が長く、負荷の高いエルゴを続けることへの注意も資料にあります。

体幹と上背部(肩甲骨まわり)の筋力を整えることも、資料に挙がっています。ただし、 何をどれだけやるかをこの記事では指示しません。種目の選択は、指導者と、必要なら 医療者と決めることです。

骨そのものの健康も、この故障の背景として語られます。持久系の競技では、食べる 量が消費に追いつかないエネルギー不足が骨のもろさとの関係で指摘されており、 体重管理のある軽量級では特に注意が向けられています。食事の基本はスポーツ栄養の基礎に、エネルギー不足が 体に何を起こすかは鉄と貧血、そしてエネルギー不足にまとめてあります。骨密度など個別の心配は、医療機関で相談してください。

リスク要因として文献に挙がるもの(練習プログラムの変更、技術、性別、骨密度、 用具、トレーニングの種類)の多くは、証拠が不十分か、報告が食い違うと明記されて います。確実な予防法がないからこそ、資料は「コーチと医療者が早期のサインに 敏感でいること」を対策の1つに数えています。胸の違和感を言い出せるチームの 空気は、それ自体が予防策の一部です。

復帰は、医療機関と指導者と決める

復帰までの期間を、この記事は約束できません。発見の早さ、骨の状態、体の条件で 変わるからです。報告されている幅だけを紹介します。

復帰までの期間(報告の幅)
1–4か月程度
系統的レビューでは「4〜6週間の練習喪失」という報告が最も多く、全体では1〜16週間の幅があります。3〜8週間、6〜8週間とまとめる総説もあります。発見の早さ・状態・個人差で変わる数字で、期間を決めるのは医療機関です。

復帰の進み方について、資料に書かれている大まかな流れはこうです。まず、日常生活の 動作が痛みなくできるようになるまで、漕ぐことから離れる。次に、自転車のような 衝撃の少ない運動で体力を保つ。その後、軽い負荷のエルゴ、負荷を落とした乗艇へと 段階を踏んでいく。ランニングのように着地の衝撃がある運動は、治り始めの時期には 避ける、という記載もあります。

この流れをそのまま自分に当てはめないでください。どの段階をいつ進むかは、医療 機関の判断と、指導者の計画を合わせて決めることです。焦って段階を飛ばし、再発 させれば、失う期間はさらに延びます。1つずつ確かめながら進むほうが、結局は 早く復帰できます。