はじめに、この記事の立ち位置を書いておきます。ここにまとめたのは、公開されている 資料で一般に言われている範囲の情報です。診断(何という状態なのかを決めること)や、 薬・処置の指示はしません。それを決められるのは医療機関だけだからです。
扱うのは、手のまめ、お尻の痛み、腰の張り、手首と膝、そして短く胸の痛みです。 それぞれ「なぜ起きるのか」「予防やケアとして言われていること」「医療機関に相談する 目安」を分けて書きます。
手のまめ
まめ(水ぶくれ)は、摩擦と圧力で皮膚の表面の下に体液がたまったものです。 見た目は困りものですが、仕組みとしては、下の組織を守るために体が作った クッションです。オールのハンドルとの摩擦に、汗と水が加わってできます。 汗ばんだ手で同じ動作を繰り返す競技なので、始めたばかりの時期にまめが出るのは、 めずらしいことではありません。
漕ぐ時間や量が急に増えた時期に出やすいことも、複数の資料で一致しています。 皮膚には順応する力があり、段階的に量を増やしていけば、やがて「たこ」(角質が 厚くなった部分)ができて手が守られるようになります。まめは皮膚が順応するまでの 通過点で、我慢くらべの道具にする必要はありません。
予防として資料が最初に挙げるのは、握り込まないことです。強すぎるグリップは 摩擦を増やすうえ、技術の面でも欠点とされています。ハンドルは、緩くリラックス した握りで持ちます。次に挙がるのが、漕ぐ量を段階的に増やすことと、清潔です。 手とハンドルを毎回洗う習慣は、自分のためであると同時に、同じハンドルを使う 他の部員への感染予防でもあります。
赤くなり始めた、まめになりかけの箇所は「ホットスポット」と呼ばれ、この段階で テープで保護するという習慣が海外の複数のクラブで共通しています。練習の少し前に 貼ると密着がよく、練習後は剥がして皮膚を乾かす、という運用まで含めて一致して います。ただし、テーピングや手袋の方針はチームごとに違います。所属チームの 指導者に確認してください。
できてしまったときのケアは、公開資料の範囲では次の3つです。
- 自分から潰さない皮を残したまま清潔に保ち、柔らかい絆創膏やパッドで覆います。皮は、下のやわらかい皮膚を守るふたの役割をしています。
- 破れてしまったら、触る前に手を洗う皮はむかず、洗って清潔にしてから覆います。川や湖の水に触れる競技なので、破れた皮膚は感染の入り口になりえます。
- 毎日様子を見る赤み、熱を持つ感じ、膿がないかを確認します。下の「相談する目安」にあてはまったら、指導者と保護者に伝えて医療機関へ。
お尻・坐骨まわりの痛み
ローイングの座り方は特殊です。お尻の骨(坐骨)が体重を支えると同時に、 ストロークの力を受け止める支点にもなるため、硬い座面の同じ場所に圧力が 集中します。長く漕いだあとにお尻が痛むのは、多くの漕手が経験することです。
対策として資料に挙がっているのは、座る環境を変える工夫です。薄手のシート パッドを敷く。パッド入りのショーツなどウェアを変えてみる。長く漕ぐときは 途中で区切りを入れて立ち、座る位置を少し前後にずらして圧のかかる点を変える。 パッドは厚ければよいわけでもありません。厚すぎるパッドは圧が広がりすぎて 血の巡りを妨げ、しびれの原因になりうる、というメーカー側の注記があります。 姿勢の面では、フィニッシュで後ろに倒れすぎると尾骨側への圧力が増えることが 指摘されています。
腰の張り
練習量が増えた時期の腰の張りは、漕手からよく報告される不調です。腰は、この 競技でいちばん障害の報告が多い部位でもあります。負担のかかり方、予防として 言われていること、痛みが出たときの原則は、腰痛の予防に一本にまとめてあります。腰が気になっている人は、この図鑑よりそちらを先に 読んでください。ここでは、「よくある張り」として扱ってはいけないサインだけを 書いておきます。
胸・肋骨まわりの痛み
胸やわき腹の痛みだけは、この図鑑の「まず様子を見る」の並びに置きません。 ローイングでは肋骨の疲労骨折(負担が少しずつ積もって起きる骨のけが)が 知られています。深呼吸・咳・寝返りで強まる胸の痛みや、うずくような違和感が 続く胸の痛みは、医療機関で診てもらう対象です。早く気づいて対応するほど失う 期間が短くて済む障害なので、くわしくは肋骨疲労骨折を読んでください。
手首と膝
手首から前腕にかけての痛みは、腱鞘炎(腱を包むさやの炎症)として資料に 挙がっています。寒い時期に高い強度で練習を再開したときに起きやすく、痛みや 腫れ、動かすときのきしむような感じとして現れます。予防として挙げられている のは、手と手首を暖かく保つことです。
膝の前側の痛みも、漕手に多い部位として知られています。階段の上り下りで痛む、 漕いでいてクリック感がある、というのが相談のきっかけとして資料に書かれている 例です。どちらも、続くとき・繰り返すときは医療機関に相談してください。
どの痛みにも共通する原則
- その場でやめてよい痛みが出たら、漕ぐのをやめる、または強度を下げる。続けて悪化させないことが、各国の資料に共通する最初の原則です。
- 隠さない痛みを隠す傾向は、漕手を対象にした研究で実際に記録されています。隠すほど対応は遅れます。その日のうちに指導者へ伝えてください。
- 記録するいつから痛いか、どの動きで強まるか、直前に練習量が変わったか。メモがあると、指導者にも医療機関にも正確に伝わります。
- 家でも伝える指導者に加えて、保護者にも伝えてください。受診するかどうかの判断や付き添いは、家庭と一緒に決めることです。
- 迷ったら、相談する側に倒す「これくらいで病院に行っていいのか」と迷う痛みは、行ってよい痛みです。医療機関のほかに、薬局や学校の養護の先生も相談先になります。
痛みを伝えることは、練習から抜ける宣言ではありません。体の情報を、チームに 渡すことです。
伝えられた側のためのページも用意してあります。家庭で痛みの話を受け取ることが 多い保護者に向けては、保護者の方へがあります。
