エルゴの2000mのタイムが、 なぜその値になるのか。速い人は何が違うのか。この問いに、公開されている 研究はかなりはっきり答えています。エリート漕手41名を調べた研究では、 2000mタイムの98%が、たった四つの体力指標で説明できました。 しかもその四つには、持久力の指標と、パワー(出力)の指標の両方が入っていました。どちらか一方では足りない、ということです。
この記事では、その中身を三つの「物差し」に整理します。エンジンの大きさ、続けられる上限、出し切る余力。 そして最後に、いちばん実用的な話——研究室の機材がない高校でも、 これらをどう確かめるか——を扱います。
先に一つ、強く断っておきます。これから出てくる数値は、その大半が成人の競技者を対象にした研究の値で、しかも初心者を対象にした研究はほとんどありません。中高生、とくに 成長期の体にそのまま当てはめることはできません。「だいたいの地図」として 読んでください。
一つめ — エンジンの大きさ(VO2max)
VO2max(最大酸素摂取量)は、1分間に体が取り込んで使える酸素の最大量です。酸素をたくさん使えるほど、 有酸素の仕組みで大きな出力を出し続けられる。いわばエンジンの排気量にあたります。有酸素が大半を占めるローイングでは、これがものを言います。 国際統括団体の解説記事も、絶対値のVO2maxと2000mエルゴ成績は 「ほぼ完全に」相関する、というローイング生理学者の知見を紹介しています。
ここでローイング特有の注意が一つ。VO2maxは「1分あたり何リットル」という絶対値と、それを体重で割った体重あたりの値の二通りで表せます。走る競技では自分の体重を運ぶので体重あたりが重要ですが、ローイングは艇が体重を支える座った競技なので、絶対値(L/分)が機能的に重要とされます。大きな体で大きなエンジンを積めることは、ローイングでは 不利になりにくいのです。
では、VO2maxは練習で伸ばせるのか。伸ばせます。ただし、どこまで伸びるかには、大きな個人差があります。座位・非鍛錬の家族を大規模に調べた研究では、VO2maxの 個人差の少なくとも約半分が遺伝で説明され、しかも「練習で伸びやすいかどうか」自体にも遺伝が強く関わることが示されました。同じ20週間の持久トレーニングでも、ほとんど伸びない人から 1リットル以上伸びる人までいた。「伸びが小さい=努力不足」とは限りません。
二つめ — 続けられる上限(閾値)
エンジンが大きくても、その全開を長くは続けられません。「これ以上強くすると、体の中で処理が追いつかなくなる」境目が、二つめの物差しです。この境目のあたりで、血液中の乳酸 (強く動くと増える物質。燃料でもある)が はっきり増え始めます。この境目が高いほど、速いペースを長く保てます。
ここで、多くの人が聞いたことのある数字が出てきます。「乳酸4 mmol/L」。閾値の基準としてよく使われますが、この数字の扱いには、知っておくべき 落とし穴があります。
そもそも「無酸素性作業閾値」という呼び名も、現在の生理学では正確でないと されています。この境目で筋肉が酸素不足(無酸素)に陥っている、という証拠は ないからです。名前が指しているのは、あくまで乳酸がはっきり増え始める運動強度であって、体の中で酸素が尽きる境目ではありません。
もう一つ、実務的に大事なこと。閾値のときの「出力(ワットやペース)」は日によってよく再現するのに、そのときの「乳酸の値そのもの」はばらつきが大きいと報告されています。だから、追いかけるべきは「乳酸を何 mmol/Lに」ではなく、 「その強度で、決めたペースを保てているか」のほうです。
三つめ — 出し切る余力(無酸素性)
三つめは、スタートの数十本やラストスパートで使う、短く大きな出力を出す余力です。レース中、体は何を使っているのかで 見たとおり、2000mの大半は有酸素の時間ですが、それでも無酸素側の寄与は 消えません。若い男子漕手の2000mエルゴで、無酸素の寄与はおよそ17%、 距離が短くなるほどこの比重は増えました。
この余力が、レースの「速く出て、粘る」を支えます。ある研究では、 最大出力(パワー)が2000mタイムと非常に強く相関しました。冒頭の 「四つの指標で98%」に、持久力だけでなくパワーが入っていたのは、 このためです。エンジンの大きさと、続けられる上限と、出し切る余力。 三つがそろって、はじめて速い。
ひとつの数字が速さを決めるのではありません。 エンジン、上限、余力——三つの物差しが、重なって効いています。
ただし、「もっと強い練習を足せば足すほど伸びる」ではありません。 全国〜国際レベルの漕手で、高強度インターバルを8回やると2000mタイムが 1.5〜2%縮んだのに、さらに8回足しても追加の効果はほぼゼロだった、という報告があります。強い練習には、効く量に上限があります。 何を、どれくらいやるかはANの練習と練習計画に譲ります。
機材がなくても、確かめられる
ここまで、研究室で測るような話が続きました。でも、多くの高校には 乳酸を測る機械も、酸素を測る装置もありません。安心してください。これらの力は、機材がなくてもかなりの精度で確かめられます。 いちばん確かな物差しは、実はいつも目の前にあります——エルゴのタイムです。
- 2000mのタイムを、基準にするエルゴの全力タイムそのものが、三つの力の総合成績です。20秒や60秒の全力テストの平均出力は、2000mの成績とほぼ完全に相関する(相関係数0.92〜0.94)と報告されています。研究室の指標に近いことが、エルゴだけで分かるということです。
- ペースとワットを、換算するメーカーのConcept2が、500mスプリットとワットを相互に換算する式を公開しています。2000mのタイムから推定ワットを出せば、それを基準に練習の強度帯を設定できます。この換算は当サイトの各ツールにも組み込んであります。
- 心拍を、ゾーンの目安に使う(ただし控えめに)心拍計があれば、強度のおおよその目安になります。ただし最大心拍を「220−年齢」で推定する式は、個人差が大きい(誤差はおよそ±11拍/分)ことが分かっています。スプリントで出た実測の最高値が推定を上回れば、そちらを使ってください。
- 会話と主観で、その場で判断する機械が何もなくても、「会話ができる強さか」(トークテスト)と「どれくらいきついと感じるか」(主観的運動強度)は、その場で使える物差しです。妥当性はほどほどですが、練習中に強度を調整する実用的な手がかりになります。
研究の裏づけもあります。エルゴの6分間全力テストが、酸素の分析をしなくても換気の閾値(≒二つめの物差し)を実用的な精度で 推定できる、と若いアマチュア漕手を対象にした研究が報告しています。 また、練習1回ごとの「きつさ(主観)×時間」を掛けたセッションRPEという簡単な指標は、心拍から求めた負荷とよく相関することが、漕手の 持久練習で確かめられています。ノート1冊あれば、練習の負荷は記録できます。
明日から使えること
物差しは三つありましたが、日々の練習で持ち帰るのは三つで足ります。
一つめ。速さは、ひとつの数字では決まらない。 エンジン(VO2max)、続けられる上限(閾値)、出し切る余力(無酸素性)。 三つをまんべんなく育てる練習が、遠回りに見えて近道です。
二つめ。「4 mmol/L」や「最大心拍の◯%」を、絶対の基準にしない。 ローイングの閾値は他競技より低く、心拍の推定式は個人差が大きい。 追いかけるのは数字そのものではなく、決めたペースを保てているかです。
三つめ。いちばん確かな物差しは、エルゴのタイム。 高価な機材はいりません。2000mのタイムと、練習の記録が、あなたの三つの力を いちばん正直に映します。そして、そこに出る数字は、体力の物差しであって、人としての価値の物差しではありません。
測れないものを気に病むより、測れるものを、ていねいに。 エルゴのタイムは、いつでもそこにあります。
