レースが終わり、掲示板の前に人が集まります。結果表を上から目で追っていくと、 タイムの欄に、タイムではないものが入っていることがある。DNS。DNF。BUW。3文字のアルファベットは、そのクルーに何が起きたのかを短く正確に記録したものです。 意味を知らないままだと、ただ「何かがうまくいかなかったらしい」としか読めません。
この記事では、2024年4月版の競漕規則・細則にある結果まわりの決まりを、条文の順ではなくレースが進んでいく順に並べ直します。コースに出て、スタートして、フィニッシュして、結果が確定するまでの順です。 読み終わったときに残ってほしいのは、次の一行です。着順は、フィニッシュラインを越えた瞬間には、まだ決まっていない。
コースと、線の引かれ方
結果表を読むには、まずコースの形を知っておくと早い。結果表にはレーンの番号が並んでいます。レーン番号は、原則として発艇員(スタートの号令をかける審判員)から 見て左手側から順に振られます。予備のレーンを設ける場合は、1レーンの左が0レーン、 6レーンの右が7レーンです。競漕レーンは6レーン備えるのが望ましい、とされています。
そして、いちばん大事な線の話です。漕了(そうりょう。そのクルーがレースを漕ぎ終えたと認められること)が成立するのは、艇首——正確にはバウボール(艇首の先に付ける白い球)の先端——が フィニッシュラインに到達したときです。漕手の体でもなければ、艇全体が通過したときでもありません。あの小さな白い球の、 先の先。同着があれほど僅差で起きるのは、判定がここで行われているからです。
このフィニッシュエリアという言葉は、あとでもう一度出てきます。フィニッシュしたクルーが、すぐには帰ってはいけない場所のことです。
ラウンドを、数えられるようにする
結果表を読むうえで、この先ずっと効いてくる言葉が一つあります。ラウンドです。DNS も DNF も、その処分の重さがラウンドによって変わります。同着の処理もそう。 カードが消えるかどうかもそうです。だから、先に片づけておきます。
規則がラウンドとして挙げている名前は、プレリミナリー、予選、敗者復活、準々決勝、 準決勝、順位決定、決勝。どれを使うかは大会によって違い、すべてが行われるわけでは ありません。自分の大会にどのラウンドがあるのかは、要項と組合せ表を見れば分かります。
問題は、その数え方です。あるクルーにとっての1つのラウンドは、レース1本のことではありません。前のラウンドのレースが終わった瞬間に始まり、そのラウンドのレースが終わった瞬間に 終わります。つまりラウンドは、水の上にいる時間だけでなく、艇庫で待っている時間も、宿で眠っている時間も含みます。日をまたぐこともあります。
この数え方が分かると、腑に落ちることがあります。イエローカードがレースの延期や 再レースをまたいで持ち越されるのは、そのラウンドが、まだ終わっていないからです。延期というのは「そのラウンドのレースがまだ終わっていない」という意味なので、 カードは生きたまま翌日へついてきます。罰則の段階とカードの扱いは指導・注意・イエロー・レッドにまとめました。
もう一つ、規則はラウンドについて特別な扱いをしています。決勝と順位決定レースです。この2つでは、次に見ていく DNS も DNF も、原則として「除外」ではなく 「そのレースの最下位」になります。順位がつく。それが、この2つのラウンドの性格です。
DNS — スタートしなかった、4つの理由
DNS(Did Not Start。スタートしなかった、という記録)になるのは、次の4つの場合です (2024年4月版)。
- 棄権した。出ないと決めて、届け出た場合です。
- 放棄した。無断で発艇時刻に遅れ、レースに参加しなかった場合です。
- 発艇定刻に遅れて、参加できなかった。
- スタートの号令にかかわらず、スタートしなかった。号令はかかったのに、艇が出なかった場合です。
棄権と放棄は、まったく別のものです。どちらも「出なかった」という結果は同じで、結果表にはどちらも DNS と載る。けれど 規則の扱いは違います。棄権は、届けを出して出ないこと。放棄は、無断で出ないこと。そして規則は、放棄をレッドカード(除外)の対象としても挙げています。
出られなくなったときに、いちばんやってはいけないのは黙って現れないことです。同じ「出ない」でも、届ければ棄権、黙っていれば放棄。この差は、記号の上では 見えません。
DNS は、原則として除外(そのレースの順位がつかない扱い)になります。ただし決勝・順位決定レースでの DNS は、放棄と、発艇定刻への遅刻を除いて、そのレースの最下位として順位がつきます。この2つだけは、決勝であっても最下位という順位が与えられません。無断で出なかった クルーと、届け出て出なかったクルーを、規則は同じようには扱わない、ということです。
DNF — フィニッシュに、到達しなかった
DNF(Did Not Finish。漕ぎ終えなかった、という記録)は、スタートはしたけれど、途中で漕ぎやめ、フィニッシュラインに到達しなかった場合です。艇の破損、体調の急変、衝突。理由はさまざまですが、記号としては一つです。
扱いは DNS と同じ形をしています。原則は除外。決勝・順位決定レースでの DNF は、そのレースの最下位として扱われます(2024年4月版)。予選で漕ぎやめれば順位はつかず、決勝で漕ぎやめれば 最下位として順位がつく。同じ行為でも、ラウンドによって結果表への残り方が変わります。
そして、この「フィニッシュに到達しなかった」という定義が、意外な結論を連れてきます。
落水 — 落ちても、着順がつくことがある
レース中に、漕手が水に落ちる。滅多にないことですが、起きます。このとき、そのクルーの レースは、まだ終わっていません。
故意でなく漕手が落水し、その漕手を欠いたままフィニッシュに到達した場合、漕了とみなされ、着順がつきます(2024年4月版)。ひとり足りない艇が、そのまま漕ぎ切って、順位を得る。規則は、それを 認めています。DNF の条件が「フィニッシュに到達しなかったこと」である以上、到達しているクルーは、DNF ではない。そのまま筋が通った扱いです。
分岐は、4つあります。
- 漕手が故意でなく落水し、その漕手を欠いたままフィニッシュに到達した。漕了とみなされ、着順がつきます。
- 落水した漕手が、自力で艇に戻り、フィニッシュに到達した。この場合も、着順が認められます。
- 他者の支援を受けて、あるいは岸を使って、乗艇し直した。これは DNF として扱われます。自力かどうかが、線引きになっています。
- 舵手を欠いたまま、フィニッシュに到達した。これは失格の対象です。
最後の1行に、立ち止まってください。漕手を1人欠いてもフィニッシュに到達すれば着順がつくのに、舵手を欠いた艇は 失格の対象になる。規則はこの非対称の理由を書いていませんが、覚えておく価値のある違いです。
規則が着順を認めていることと、そう漕ぐべきだということは、別の話です。救助を優先させる 判断は、主審の手にあります。
BUW — レースのあとで、順位が動く
BUW(Boat Under Weight。艇の重量不足)は、他の記号とは性格が違います。DNS も DNF も、 レースの最中に起きたことの記録です。けれど BUW は、レースが終わったあとに決まります。
艇の計量は、レース終了後に行われます。全艇が対象になることもあれば、審判長 (その大会の審判を統括する責任者)が抽出した艇だけが対象になることもあります。 指定された場所の計量器に載せて、最小重量に届いていなければ、その艇は BUW と記録され、そのレースの最下位になります(2024年4月版)。
つまり、1着でフィニッシュラインを越えたクルーが、陸に上がってから最下位になることが ありうる。結果表の記号のなかで、これがいちばん残酷な形をしています。同じレースで複数のクルーが 重量不足だった場合は、不足している重量が少ないほうが上位になります。
最小重量そのもの、艇のどこまでが計量に含まれるのか(オールとバウナンバーは含まれない、 船体表面についた水は取り除かなくてよい、けれど艇内の残留水は取り除く)、そして足りない ときにおもりを積む方法については、艇の最小重量と艇計量で扱っています。結果表を読むうえで押さえるべきことは、一つだけです。BUW は、レースが終わってから順位を動かす。
白旗が上がるまで、結果は決まらない
フィニッシュラインを越えた。息が上がって、オールにもたれかかる。ここでは、まだ レースは終わっていません。
全艇がフィニッシュに到達し、異議もなく、正常なレースだったと認められたとき、主審(レースを進行し、判定する審判員)が白旗を掲げます。これが「このレースは正常でした」という宣言です。そして、各クルーは、白旗が掲げられるまで、フィニッシュエリアに留まっていなければ なりません。さきほどのフィニッシュエリア、つまりフィニッシュラインを越えた先の、決められた範囲の 水域です。すぐ岸に帰ってはいけない、というのは、このことです。
もし主審が、着順がフィニッシュ到達順にならない可能性があると認めたときは、白旗ではなく赤旗が掲がります。このとき、クルーは主審の指示があるまで、その場で待機します。 何かが起きた、まだ確定していない、動くな、という合図です。
レースに関する異議は、白旗が上がるまでに、挙手などの明示の方法で主審に 申し出ます。白旗が上がってしまったら、そのレースについては、もう申し立てられません。
妨害された。コースを外れた艇に進路を塞がれた。何かがおかしい。そう思ったなら、 息が上がっていても、手を挙げる。それが、その場でできる唯一のことです。岸に戻ってから「あれはおかしかった」と話し合っても、 そのときにはもう扉が閉じています。異議のあとの手続き(不服申立は文書で行うこと、 主審に詰め寄ることはそれ自体が処分の対象になること)は、指導・注意・イエロー・レッドに書きました。
同着 — 決められないときの、3つの道
バウボールの先端で判定してもなお、到達の順序が判定できないことがあります。同着です。このとき規則が用意している道は、3つあります(2024年4月版)。
- 同着になったクルーどうしで、決定レースを行う。もう一度漕いで決める、という方法です。ただし、すぐには行われません。同着が生じた レースが終わってから、規則が定めた間隔を空けてから行われます。
- 同着のクルー全員が次のラウンドに進めるなら、決定レースは行わない。順位を決める必要がないからです。次のラウンドの組合せ順位は、抽選で決めます。
- 決勝での同着は、原則として決定レースを行わず、同順位とする。
3つめは、意外に思われるかもしれません。決勝で1着が2艇並んでも、原則として、漕ぎ直しません。両方が同じ順位になります。一日を漕ぎ切ったクルーに、もう一度2000mを求めることの重さを 考えれば、これは筋の通った設計に見えます。
World Rowing ではどうか
国際大会で使われるのは、World Rowing(世界ローイング連盟)の Rules of Racing です。 結果表まわりで、国内規則と国際規則を照らし合わせられたところと、照らし合わせられなかったところを、正直に分けて書きます。
確かめられた、一致するところ
まず、BUW という記号は、国際規則にもそのままあります。国際規則の結果表記には、EXC(除外)、DSQ(失格)、REL(降着。順位を下げられること)、 そして BUW(艇の重量不足)が並びます。国内の大会で見慣れた BUW は、国際大会でも 同じ意味で通じます。
扱いも同じでした。艇の重量不足は、両方の規則で、そのレースの最下位への降着になります。同じレースで複数の艇が重量不足だった場合、不足している重量が少ないほう (=艇が重いほう)を上位とする。この順序の決め方まで一致しています。
食い違っているところ
ひとつ、条文が一致しない点があります。同じ種目の以後のラウンドで、再び重量不足の艇で出漕した場合の制裁です。国際規則はこれを除外と定め、国内規則の条文は失格と書いています。国内規則の体系では、除外(その種目の全ラウンドに出られない)と 失格(その大会の全種目に出られない)は別のもので、失格のほうが重い。字義どおりに 読めば国内規則のほうが厳しいことになりますが、どちらが正しいと断じることはできません。日本語の「失格」が、国際規則の除外の訳語として使われている可能性も残るからです。 ここは、両方をそのまま示しておきます。
確かめられなかったところ
DNS、DNF、落水の扱い、同着の処理、白旗と赤旗、そして漕了の定義について、 国際規則の該当箇所は、この記事が根拠にした範囲では確認できませんでした。確認できていない以上、比較しません。「国際規則でも同じはずだ」と書くのは簡単ですが、 それは調べたことにはならないからです。
国際大会に出る予定があるなら、World Rowing の規則そのものを読んでください。この記事で扱ったのは、あくまで国内の大会で使われる2024年4月版の競漕規則・細則です。
結果表を、もう一度読む
ここまで来れば、掲示板の前でできることが変わります。DNS を見たら、届けを出したのか、 黙って出なかったのかを思う。DNF を見たら、どのラウンドのレースだったのかを見る (予選なら順位はつかず、決勝なら最下位という順位がつく)。BUW を見たら、 そのクルーはレースには勝っていたのかもしれない、と思う。
そして自分たちが漕ぐときは、たった一つを覚えておけば足ります。フィニッシュラインを越えても、白旗が上がるまでは、まだレースの中にいる。おかしいと思ったなら、手を挙げる。それだけです。
