罰則は、審判の機嫌で決まるものではありません。どの行為が、どの段階の処分に当たるかは規則にあらかじめ書かれていて、審判はその段階表の上を動いています。 段階を知っていれば、名前を呼ばれた瞬間に「いま何が起きたのか」「次に何が起きるのか」が 分かります。分かれば、落ち着いていられます。
この記事では、2024年4月版の競漕規則・細則にある罰則を、条文の順ではなく 「いつ・何をすると・どうなるか」の順に並べ直します。読み終わったときに残ってほしいのは、 たった一つです。1枚目のイエローカードで、レースは終わらない。終わるのは2枚目。
まず、段階を頭に入れる
軽いほうから重いほうへ、4つの段階があります。下に行くほど重くなります。
- 指導 — 口頭で、その場で他艇への妨害や侵害をともなわない、軽微なルール違反に対して、審判等が口頭で与えます。カードは出ません。ここで直せば、それで終わりです。
- 注意 — 主審が、口頭と白旗でレース中、艇やオールの一部が自分のレーンの外に出て、他艇に接触するおそれ、または他艇の進路を妨害するおそれがある場合。主審(レースを進行し、判定する審判員)が、口頭と白旗で与えます。白旗で名前を呼ばれたら、それは「戻れ」の合図です。
- イエローカード — 指導・注意より重い違反にここから記録に残ります。1枚では出漕できなくなりません。ただし、同じラウンドの中でもう1枚受けると、自動的に次の段階へ進みます。
- レッドカード(除外) — その種目が、そこで終わるレッドカードを受けたクルーは、その大会のその種目の、以降の全ラウンドに出漕できません。順位もつきません。
ただし、この4段階を必ず下から順に上がっていくわけではありません。重大なルール違反は、 はじめからレッドカードの対象になります(後述します)。段階表は「軽い違反なら軽い処分で済む」ことの保証であって、「必ず警告してもらえる」ことの保証ではないのです。ここを取り違えないでください。
イエローカードは、いつ消えるのか
イエローカードは、そのレースが終わればご破算になる、とよく誤解されています。消えません。
イエローカードが有効なのは、同じラウンドのあいだです。そして規則が言う「ラウンド」は、レース1本のことではありません。予選、敗者復活、 準々決勝、準決勝、順位決定、決勝といった段階のことで、あるクルーにとっての1つのラウンドは、前のラウンドのレースが終わった時点から 始まり、そのラウンドのレースが終わるまで続きます。日をまたぐこともあります。
だから、こうなります。予選でイエローカードを1枚受けた。その予選が荒天で延期になった。 あるいは、妨害があって再レースになった。このとき、カードは消えません。持ち越されます。翌日の再レースで、発艇定刻に間に合わずにもう1枚受ければ、そこでレッドカードです。 「昨日のことだから」は、通りません。
裏を返せば、これは誠実な設計でもあります。カードが軽々しく消えないかわりに、ラウンドをまたげば、そのカードはもう追いかけてこない。予選で1枚受けたクルーが、準決勝を「あと1枚で終わり」という恐怖のなかで漕ぐ必要は ありません。持ち越すのは、そのラウンドが終わるまでです。
カードが出るのは、レース中だけではない
もう一つ、見落とされやすいことがあります。指導や警告は、レースが走っているあいだだけのもの ではありません。細則は、レースが終わったあと、レース前の回漕中(レースのためにスタート地点へ漕いで 向かっているあいだ)、そして練習中にも与えられることがある、と明記しています。
つまり、フィニッシュを越えて気の緩んだ帰り道も、大会前日の朝練も、審判の目の届く 範囲です。安全と公平のための決まりは、レースという枠の外でも同じように働いています。水上でいちばん危ないのは、たいていレースそのものではなく、 レースの前後に艇が入り乱れる時間帯です。規則がそこを見ているのには、理由があります。
イエローカードの対象になる行為
規則がはっきりイエローカードと結びつけている行為を、条文の順ではなく「自分がどこにいるとき起きるか」で並べ直します。
スタートで
- 発艇定刻の2分前までに、所定のスタート位置に着かない。発艇員(スタートの号令をかける審判員)が与えます。遅刻は、この競技では はっきりカードの対象です。
- フォルススタート(スタートの合図より前に漕ぎ出し、スタートラインを越えてしまうこと)。次の節で 詳しく書きます。
- 偽のスタート号令などを発して、他のクルーを漕ぎ出させてしまう。
コースで(レース前の回漕中も含む)
- 航行規則(コースのどこを、どちら向きに通るかの決まり)に違反する。指導で済むこともあれば、イエローカードになることもあります。
- スタートエリアにいる回漕中のクルーが、競漕水域の外側で停止せず、 レース艇の通過を妨げる。
- スタートライン上・フィニッシュライン上で停止する。
陸から(クルー関係者)
- 許可なく、コースに沿ってクルーに伴走する。
- 電子機器を使って、艇の外からクルーに助言や指示を与える。違反した場合、その関係者だけでなく当該クルーにもペナルティが及びます。岸から良かれと思ってしたことで、漕いでいる仲間のレースが終わることがあります。
フォルススタート — 誰が処分されるのか
予令(「アテンション」など、スタートの直前にかけられる合図)のあと、スタートの号令より 前に漕ぎ始め、かつスタートラインを越えてしまった。これがフォルススタートです。線審(スタートで艇の位置と飛び出しを見る審判員)が 認定します。
ここで、規則はひとつ、丁寧な区別をしています。隣の艇が飛び出したのにつられて、自分も出てしまった。スタートでは、これが現実に起きます。もし「動いた艇はまとめてイエロー」という運用なら、 隣のミスで自分のレースが壊れることになる。そうはなっていません。
複数の艇が反応した場合、線審は意図的・先導的にフォルススタートを引き起こしたクルーと、その動きに誘発されて 受動的に出てしまったクルーを区別します。イエローカードを受けるのは前者だけで、後者は処分されません(2024年4月版)。 反射でつられた人を罰しても、誰も得をしないからです。
レースを止めるときの動作も決まっています。鐘を鳴らし、赤旗を振り、「止まれ、レース中止」と告げる。全艇が停止するまで、これを繰り返します。信号式のスタート設備がある会場では、 赤ランプの点滅とブザーで代えることができます。赤が見えたら、漕ぐのをやめる。
レッドカードになる3つの場合、そしてその先
レッドカード(除外)は、次の3つの場合に与えられます(2024年4月版)。
- 同一ラウンド内で、イエローカードを2枚受けた。
- 無断で発艇時刻に遅れ、レースに参加しなかった。クルーの責めに帰せない事情でやむを得ず遅れるときは、あらかじめ最寄りの審判に理由を 伝え、審判長の許可を得ることになっています。連絡なしに現れないことが、問題なのです。
- その他の、重大なルール違反。段階を踏まずにここへ来ることがある、という意味です。
除外は「そのレースに出られない」ではありません。その大会の、その種目の、以降の全ラウンドです。予選でレッドカードを受ければ、敗者復活も準決勝も決勝もありません。順位もつきません。
そして、規則の段階には、レッドカードの先がまだ3つあります。
- 最下位付置。そのレースの最下位として扱われます。その大会で初めて艇計量(レース後に艇の重さを 測ること)に引っかかったとき(BUW。艇の重さが決められた最小重量に足りないこと)、 あるいは決勝・順位決定レースを棄権した、スタートしなかった、途中で漕ぎやめて フィニッシュに到達しなかったときです。
- 失格(クルー単位)。その種目の出漕資格を失い、さらにその大会の全種目に出漕できなくなります。
- 所属団体の失格(排除)。故意・重大な過失、組織的な艇計量違反、無届の選手入替え、審判・役員・スタッフ・ 他の競技者への暴言・暴行・威迫など。このときは同じ団体の全クルーが出漕できなくなります。ひとりの振る舞いが、チーム全員のレースを消します。
1枚目のカードは、終わりの合図ではありません。2枚目を出させないための、猶予です。
納得できないとき — 異議と不服申立
判定に納得できないことは、あります。そのときに何ができるかも、規則は決めています。 そして、やってはいけない方法も決めています。先にそちらから書きます。
主審や役員に詰め寄り、口頭・対面で強引に不服を通そうとすること。それ自体が、 処分の対象になります。相互尊敬とコンプライアンスの違反として扱われ、そうした申立てに応じてしまった審判・ 役員の側も処分を受けることがあります(2024年4月版)。感情的になった側が損をするように、規則は設計されています。正しい手順は、2つだけです。その場では、挙手。あとからは、紙。
レースの異議は、白旗が上がるまでに
レースに関する異議は、主審が白旗を掲げるまでに、クルーから挙手などの明示の方法で主審に申し出ます。白旗は 「このレースは正常でした」という宣言です。白旗が上がったら、そのレースについては、もう申し立てられません。
だから、フィニッシュしたあとすぐに岸へ帰ってはいけません。白旗が掲げられるまで、 クルーはフィニッシュエリア(フィニッシュラインを越えた先の水域)に留まっていることに なっています。何かがおかしいと思ったなら、息が上がっていても、手を挙げる。 それが、その場でできる唯一のことです。
不服申立は、文書で
異議が退けられた。あるいは、処分そのものに納得できない。そのときが不服申立です。決定が告知されてからの持ち時間は限られていて、文書で、審判の資格を持つ人3名で構成される不服審査委員会に提出します。費用はかかりません。書式も自由です。
書式が自由なぶん、書くべきことは決まっています。次の5つです。
- レース番号と種別
- 何が起きたのかの説明(写真などの参考資料があれば、添える)
- 不服の根拠となる規則・規程の条文
- 所属団体代表者の署名
- 提出日
ここで効いてくるのが、3つめの「根拠となる条文」です。怒りは根拠になりません。規則のどこに照らしてその判定がおかしいのかを書けなければ、申立ては通らない。 逆に言えば、規則を読んでおくことは、速くなるための準備であると同時に、理不尽に負けないための準備でもあります。艇庫に規則を1部置いておく理由は、たぶんそこにあります。
World Rowing ではどうか
国際大会で使われるのは、World Rowing(世界ローイング連盟)の Rules of Racing です。 日本の競漕規則とどう違うのか。公開されている2025年3月版を実際に読んで、この記事の テーマにあたる部分を確かめました。
結論から言うと、骨格はほとんど同じです。制裁の段階は、口頭での戒告(Reprimand)、イエローカード、最下位付置 (Relegation)、レッドカードすなわち除外(Exclusion)、失格(Disqualification)、 そして加盟団体への制裁と並んでいて、国内規則の段階ときれいに対応します。 結果表に出る記号まで同じです。DSQ、EXC、REL、そして艇の重量不足を示す BUW。 国内の大会で見慣れた記号は、そのまま国際大会でも通じます。
この記事の核になる部分も、そろって同じでした。
- イエローカード2枚で、レッドカード(除外)。国際規則も同じです。
- 除外の範囲も同じ。その種目の全ラウンドに出られなくなります。
- イエローカードは、そのレースが終わるまで消えない。国際規則は、レースが延期されても、再レースになっても、カードはなお有効であるとはっきり書いています。国内規則は「同一ラウンド」、国際規則は「同一レース」を 単位に書いていますが、持ち越されるという結論は変わりません。
- フォルススタートは2回で除外。これも同じです。
- つられて出たクルーを処分しない設計も、同じ。複数の艇が飛び出した場合、実際にフォルススタートを引き起こしたと線審が判断した クルーだけにイエローカードが出る、と国際規則にも書かれています。
- 発艇定刻の2分前までにスタート位置に着く。この「2分前まで」という時刻の決まりは同じです。ただし、そこに間に合わなかったときの 扱いは同じではありません(このあと、違うところで述べます)。
- 処分は、レース中だけのものではない。国際規則は、ウォームアップ中・レース中・クールダウン中・練習中に与えられた処分に ついて、それぞれ異議の申し出方を定めています。処分がそのすべての場面で起こりうる、 という前提です。
- 異議は、挙手で、白旗が上がるまでに。国際規則も同じでした。クルーの誰かが腕を上げて主審に示すこと、主審が白旗を掲げた あとはそのレースについての異議を受け付けないこと。構造まで同じです。
違うところもあります。いちばん大きいのは、お金です。
国内規則の不服申立に、費用はかかりません。国際規則では、不服申立(Protest)にデポジット(預り金)を添えなければ受け付けられません。申立てが認められれば返還されますが、認められなければ返ってきません。さらにその先の 上訴(Appeal)には、より高い費用がかかります。
申立てのハードルをどこに置くかという、設計思想の違いです。国際大会には、申立てが通れば大きなものが動く場面があります。そこに軽い気持ちの 申立てが積み上がると、運営が止まってしまう。デポジットは、その重しとして置かれています。 いっぽう国内規則は、費用というハードルを置かない代わりに、「詰め寄る」ことを明確に処分の対象にするという別の方法で、同じ問題に対処しているように読めます。目的は同じで、手段が違う。
スタートの遅刻も、扱いが分かれます。発艇定刻の2分前までにスタート位置へ着く、という 決まりそのものは同じでした。けれど、そこに間に合わなかったとき、国内規則は「イエローカードを与える」と義務的に書いているのに対し、国際規則は「イエローカードを与えることができる(may)」という、審判の裁量の書き方をしています。着かなければならない時刻は同じでも、遅れた瞬間の 重さは、国内のほうが自動的だと読めます(国内は2024年4月版、国際は2025年3月版)。
手続きの段数も違います。国際規則では、異議(Objection)、不服申立(Protest)、 上訴(Appeal)と進み、それでも決着しなければ、スポーツ仲裁裁判所(CAS。スポーツの紛争を専門に 扱う国際的な仲裁機関)へ持ち込む道がある、という4段構えになっています。国内規則の側にこれに対応する仕組みがあるかどうかは、 この記事が根拠にした範囲では確認できていません。国内の大会で覚えておくべきは、 あくまで「挙手」と「文書」の2つです。
もう一つ、細かいけれど面白い違いがあります。国内規則は「注意」を、警告の一種として罰則の段階のなかに置いています。主審が口頭と白旗で与えるものです。国際規則の制裁リストには、これに当たる段階が ありません。白旗でクルー名を呼び、進むべき方向を示す動作は、制裁ではなく「クルーへの注意喚起」として、別の条に置かれています。同じ白旗が、国内では「警告」、国際では「制裁の手前の合図」として整理されている、 という違いです。水上での見え方は変わりませんが、位置づけは違います。
並べてみると、国内規則が奇妙なことをしているわけではない、と分かります。 カードの枚数も、除外の範囲も、持ち越しの考え方も、フォルススタートの扱いも、 挙手と白旗も、世界のレースで使われているものと同じです。ここで覚えたことは、そのまま国際大会でも使えます。
