こぎだし

TECHNIQUE

リギングの基礎 — 世界標準で学ぶ艇のセッティング

リギングという言葉に身構える必要はありません。目的は二つ、主要な調整箇所は六つ。名前と「変えると何が起きるか」の方向さえ分かれば、艇のセッティングは自分の艇を自分に合わせる調律になります。

読了目安9分レベル基礎公開日2026.07.14
艇庫の前で2脚のスリング(折りたたみ式の艇台)に横向きに載せたシングルスカルの全体像。手前の地面にリギング調整用のスパナが2本置かれている線画

リギング(艇のセッティング)とは、クラッチ(オールを受ける、口の開いた 留め具)の高さや位置、オールの長さの配分など、艇と用具の調整全般の ことです。F1にたとえると分かりやすくなります。漕手は高出力のエンジン、 ブレード(オールの先の、水をつかむ平たい部分)は路面をつかむタイヤ、 艇体は空気抵抗を減らす車体にあたります。そしてハンドルからクラッチ、 ブレードまでの一連の部品が、エンジンの力をタイヤに伝える駆動系です。

駆動系が体に合っていなければ、エンジンがどれだけ強くても、力は水に 伝わりきりません。リギングは、艇を自分の体に合わせるための 技術調整です。世界では 共通の用語と共通の考え方で語られているので、この記事ではその枠組みに 沿って、目的・調整箇所・進め方の順に整理します。

リギングの目的は二つ

寸法の話に入る前に、何のために調整するのかを押さえましょう。 リギングの目的は、突き詰めると二つしかありません。

一つめは、漕ぎやすくすること。陸のエルゴメーター (ローイングマシン)で出せるパワーを、不安定な艇の上でも同じように 発揮できるようにすることです。二つめは、推進効率を改善すること。漕いだ力ができるだけ全部、 艇を進める力に変わるようにすることです。

エルゴのタイムが良い選手が、水の上でいちばん速いとは限りません。 その差の多くは、二つめの推進効率から生まれます。オールはてこです。 てこの支点と力点の配置が体に合っていないと、せっかく出した力が、 艇を進める力になりきらないまま逃げていきます。

体を艇に合わせるのではなく、艇を体に合わせる。それがリギングの 出発点です。

そして体格は一人ひとり違います。身長が同じでも、腕の長さや脚の長さが 違えば、合う設定は変わります。身長・体重だけで決まる 「正解の一点」はありません。目安のレンジから出発して、乗りながら 合わせていく。それがこの先すべての前提になります。

調整箇所を世界標準の用語で覚える

主要な調整箇所は、次の六つに整理できます。海外の資料もほぼこの並びで 書かれているので、ここを押さえると読める情報が増えます。

スパンとスプレッド(span / spread)

スカル(左右の手に1本ずつ、計2本のオールを持つ漕ぎ方)では、左右の ピン(クラッチが回る軸)の間の距離をスパンと呼びます。 スイープ(1本のオールを両手で持つ漕ぎ方)では、艇の中心線からピンまでの 距離をスプレッドと呼びます。どちらも「てこの支点を どこに置くか」を決める、リギングの土台です。狭くすると一漕ぎは重く、 広くすると軽くなります。

インボードとアウトボード(inboard / outboard)

オールの軸には、クラッチに引っかかる留め輪(カラー。ボタンとも 呼ばれます)が付いています。カラーからハンドル側の端までがインボード、カラーからブレードの先端までがアウトボードです。カラーの位置をずらすだけで、 この配分は変えられます。インボードを長くすると一漕ぎは軽く、 短くすると重くなります。なお日本では、体格に合わせてオール全長を FISA(国際ボート連盟)の推奨よりやや短めに調整する実践例もあります。

ギアリング(gearing)

スパン(スプレッド)とインボード・アウトボードの組み合わせが決めるのが、ギアリング(てこ比)です。自転車のギアと同じ発想で、 重いギアリングは一漕ぎで大きく水を押せるぶん1本が重く、レート (1分間に漕ぐ本数)が上がりにくくなります。軽いギアリングは1本が軽く、 レートを上げやすくなります。スパンを狭くする、あるいはアウトボードを 長くすると、ギアリングは重くなる方向です。

スパンとインボードを動かすときは同じ量だけ連動させ、 オーバーラップ(スカルで、体の前で左右のハンドルの端が重なり合う長さ)を 変えない。これが先に押さえておきたい原則です。 この連動を崩すと、ギアリングと漕ぎの姿勢が同時に 変わってしまい、何が効いたのか分からなくなります。詳しい仕組みはギア比の記事で扱います。

スパン(スカル・男性)
158–160cm
スパン(スカル・女性)
156–158cm
スプレッド(スイープ)
84–88cm
インボード(スカル)
86–88cm
インボード(スイープ)
114–118cm
オール全長(スカル)
288–290cm
オール全長(スイープ)
374–382cm
オーバーラップ
12–20cm
クラブレベルの目安レンジ。オーバーラップ(スカルで左右のハンドル端が重なる量)はConcept2の公開スカル資料で12〜20cmとされ、「2×インボード − スパン」で概算できます。スイープのスプレッドは艇種(ペア〜エイト)で異なり、女性はおおむね1cm狭めが目安。いずれも艇・体格・クルー・指導方針で調整される目安で、身長・体重だけでは決まりません。

ワークハイト(work height)

シートの座面からクラッチまでの高さがワークハイト(単に「ハイト」とも呼ばれます)です。低すぎるとフィニッシュ (一漕ぎの終わりにブレードを水から抜くこと)で手元が窮屈になり、 高すぎるとキャッチ(ブレードを水に入れる瞬間)で水に届きにくく なります。体格の影響をいちばん受けやすい調整箇所です。

ピッチ(pitch)

水中でのブレードの傾きがピッチです。多くの艇では、 ブレードの上端がわずかにスターン(艇の後ろ側)へ倒れるように設定されて います。ピッチが足りないとブレードは深く潜りやすく、多すぎると水を つかみきれず浅く滑りやすくなります。初心者は大きめの約8度から始めるのが 目安とされます。大きめのピッチにはブレードが深く入りすぎるのを防ぐ 働きがあり、安定と怪我の予防につながるからです。

ワークハイト
14–18cm
ピッチ(初心者)
7–8
ピッチ(経験者・スカル)
4–7
ピッチ(経験者・スイープ)
5–8
ワークハイトは出典間で幅があり、FISA公式の資料は16〜18cmとしています。ピッチ(初心者)は「約8度が目安」とされる値を幅で示したもので、経験者レンジも出典によりやや異なります。いずれも艇・体格・クルー・指導方針で調整される目安で、身長・体重だけでは決まりません。

ストレッチャー位置とワークスルー(work through)

ストレッチャー(靴ごと足を固定する、艇の中の斜めの台)の位置は、 体がピンに対してどこで漕ぐかを決めます。バウ側(艇の先端側)へ動かすと フィニッシュ側へ漕ぎ込む量が増え、スターン側へ動かすとキャッチ側の 角度が深くなります。この「フィニッシュ側へどれだけ漕ぎ込むか」を、 海外の資料ではワークスルーと呼びます。ストレッチャーの 角度や深さは柔軟性や骨格への依存が大きく、レンジの目安はあっても 自動的には決められない項目です。

自分の体格からの出発点のレンジは、リギング計算機でも確認できます。表示されるのはあくまで出発点で、そこから先は 実際に乗って、コーチや経験者と相談しながらの微調整になります。

道具は一つの工具箱にまとめる

リギングに特別な機材はほとんど要りません。FISAの指導者向け資料が 挙げる道具は、次の六つです。

  • 1mのひも
  • 1.5mの真っ直ぐな棒
  • メジャー
  • ドライバー
  • レンチセット(10・11・13・17mm)
  • 水平器

これらは一つの工具箱にまとめて、艇庫に置いておきましょう。 「レンチはどこ?」と探し回る時間がなくなり、練習前の限られた時間でも 調整に手が届くようになります。

測る、記録する、一箇所ずつ変える

リギングは、勘で触らないことが基本です。進め方はシンプルで、 世界中の艇庫で共有されている手順は同じです。

  1. 今の設定を測る
    触る前の状態を測る。メジャーがあれば、スパン(スプレッド)とワークハイトは測れる。ピッチには専用のピッチゲージ(角度を測る道具)を使う。
  2. 日付とあわせて記録する
    ノートでも表計算でもよい。いつでも元に戻せることが、安心して試せる条件になる。
  3. 変えるのは一箇所だけ
    どの変更が効いたのか分かるように、必ず一箇所ずつ。変更量も小さく。
  4. 漕いで確かめ、また記録する
    漕いだ感想を一言添える。「1本が重い」「フィニッシュで抜きやすい」くらいで十分。

記録が数回分たまると、「この艇でこの設定なら、こう感じる」という自分の 基準ができてきます。この基準は、クルーや艇が替わっても使えます。

地味に見えますが、これが世界のどこでも 通用する確実な進め方です。

次の練習で試せる一歩

次に艇庫へ行くとき、メジャーを一本持っていきましょう。測るのはスパン (またはスプレッド)とワークハイトの二つだけ。日付と一緒にノートに 書けば、それが自分の艇の最初のリギング記録になります。数字を変えるのは、 その後からで構いません。