こぎだし

TECHNIQUE

ギア比の考え方 — オールの長さとスパンが決める一漕ぎの重さ

自転車で坂道の前にギアを軽くするのと同じ調整が、艇にもあります。どこを動かすと一漕ぎが重くなり、どこを動かすと軽くなるのか。方向さえ分かれば、ギア比は難しくありません。

読了目安7分レベル基礎公開日2026.07.14
標本画のように水平に置かれた1本のスカルオール。カラー(留め輪)を境にブレード側の長いてこと手元側の短いてこに分かれ、真下に目盛りだけの巻尺、傍らに小さなスパナが添えられている。

ギア比とは、一漕ぎの「重さ」を決める設定のことです。重いギアでは 1本ごとに大きく水を押せるぶん、1本が重く、レート(1分間に漕ぐ本数)が 上がりにくくなります。軽いギアでは1本が軽く、テンポよく回しやすく なります。自転車の変速とまったく同じ関係です。

この重さを決めているのは、リギング(艇のセッティング)のうちの 三つの寸法です。まずは、その三つの名前と役割から見ていきましょう。

ギア比を決める三つの寸法

オールは、てこです。支点になるのは、リガー(オールを支えるために 艇の横に張り出した金具)の先端にあるピンという金属棒。クラッチ (オールを受ける、口の開いた留め具)は、このピンを軸に回ります。 てこの支点をどこに置き、支点の内側と外側にどれだけの長さを 配分するか。それを決めるのが、次の三つの寸法です。

スパン(スプレッド)— 支点の位置

スカル(左右の手に1本ずつ、計2本のオールを持つ漕ぎ方)では、 左右のピンの間の距離をスパンと呼びます。スイープ (1本のオールを両手で持つ漕ぎ方)では、艇の中心線からピンまでの 距離をスプレッドと呼びます。どちらも、てこの支点を 体からどれだけ離して置くかを決める寸法です。

インボード — 手元側のてこ

オールの軸には、クラッチの外側へ滑り出ないように止める留め輪 (カラー)が付いています。カラーからハンドル側の端までがインボード。支点より手元側の、力をかける側の てこの長さです。

アウトボード — 水中側のてこ

カラーからブレード(オールの先の、水をつかむ平たい部分)の先端までがアウトボードです。オール全長からインボードを引いた 残り、と覚えれば十分です。支点より外側の、水を押す側のてこの 長さになります。

自転車がペダル側とタイヤ側の歯車の組み合わせで進み方を変えるように、 艇はこの三つの寸法の組み合わせで、一漕ぎの重さを変えます。

どちらへ動かすと、どうなるか

覚えることは、方向だけです。スパンを広く、オールを短くすると、 ギアは軽くなります。逆に、スパンを狭く、オールを 長くすると、ギアは重くなります。インボードは 長くすると軽く、短くすると重くなる方向です。

具体的な寸法は、下の目安を見てください。

スパン(スカル・男性)
158–160cm
スパン(スカル・女性)
156–158cm
インボード(スカル)
86–88cm
インボード(スイープ)
114–118cm
オール全長(スカル)
288–290cm
オール全長(スイープ)
374–382cm
現在主流の幅広ブレード(ビッグブレード)を使う、クラブレベルの目安レンジ。艇・体格・クルー・指導方針で調整される目安で、身長・体重だけでは決まりません。実際に乗って、コーチや経験者と相談しながら微調整を。

レンジで書いてあるのは、正解が一点に決まらないからです。同じ身長でも 腕の長さや脚の強さは違い、同じ漕手でも艇やクルーが替われば合う設定は 変わります。レンジの中のどこから始めるかは、この後の 「誰が、どちらへ寄せるか」で触れます。

オーバーラップを崩さない

スカルでは、左右のハンドルの端が体の前で上下に重なりながら すれ違います。この重なりの量をオーバーラップと 呼びます。ギア比を調整するとき、いちばん崩したくないのがこれです。

オーバーラップ(スカル)
12–20cm
左右のハンドル端が重なる量の目安。Concept2の公開スカル資料で12〜20cmとされ、「2×インボード − スパン」で概算できる。これも艇・体格・クルー・指導方針で調整される目安で、身長・体重だけでは決まりません。

原則はひとつです。スパンとインボードを調整するときは、同じ量だけ 連動して動かし、オーバーラップを変えないこと。片方だけを動かすと オーバーラップが一緒に変わり、ハンドルのすれ違い方や、フィニッシュ (一漕ぎの終わりにブレードを水から抜くこと)での手元の窮屈さまで 変わってしまいます。

  1. 触る前に、今の値を測って記録する
    スパンもインボードもメジャーで測れる。メジャー・レンチ・ドライバーをひとつの工具箱にまとめておくと、艇庫で探し回らずに済む。
  2. 動かすときは、スパンとインボードを連動させる
    同じ量だけ動かして、オーバーラップを保つのが原則。片方だけを動かさない。
  3. 動かしたら、オーバーラップを確かめる
    左右のハンドルを実際に重ねて確認する。漕いだ感想も一言記録しておくと、次の調整の手がかりになる。

なお、基準レンジのスパンとインボードを組み合わせると、オーバーラップは おおむね12〜18cm(女性は14〜20cm)に収まり、Concept2が示す 12〜20cmの目安の内側に入ります。だから難しく考えず、スパンと インボードを連動させて動かすことだけを守れば十分です。

誰が、どちらへ寄せるか

レンジの中のどこから始めるか。世界で広く共有されている方向性は シンプルです。初心者や、エルゴメーター(ローイングマシン)の スコアが体重の割に控えめな漕手は、軽いギア側(スパン広め・オール短め・インボード長め)から。エルゴのスコアが 体重の割に高い水準にある漕手は、重いギア側を試す余地があります。

どちらへ寄せるかも、身長・体重だけで決まるものではありません。 同じ体格でも、出力も柔軟性も漕ぎの癖も違います。目安から出発して、 実際に乗り、コーチや経験者と相談しながら寄せていくのが前提です。

ギアは、思うほど精密には決まらない

目安レンジと寄せ方を見てきましたが、最後にひとつ、力を抜いていい ところをお伝えします。ギア比は、1ミリ単位で「唯一の正解」を 探し当てるものではありません。世界の大会で実際のレース艇を 計測したデータが、そのことを裏づけています。

ワールドローイング(国際ボート連盟)がジュニア世代の国際大会で 実艇を計測したリギング調査では、ギアリング(一漕ぎの重さを表す 指標)が、艇の大きさが変わってもほとんど動きませんでした。スカルは1x(シングル) から4x(クォドルプル)まで、スイープは2-(ペア)から8+(エイト) まで、一人あたりのギアは事実上ほぼ同じだったのです。

この傾向を、biorow(ローイングのバイオメカニクスを長年分析している 専門サイト)が数字で整理しています。艇種によるギア比の違いは ごくわずかなのに、艇の速さのほうは大きく違う——という関係です。

ギア比の差 1x→4x
≈1%
艇速の差 1x→4x
17–18%
ギア比の差 2-→8+
≈2%
艇速の差 2-→8+
15–16%
biorow の分析による。艇種が変わってもギア比はほとんど動かない一方、艇の速さは15%以上変わる。ギア比の一点を突き詰めることが、速さの決め手ではないことを示している。

同じ分析では、ギア比と「一漕ぎのきつさ・重さ」との結びつきも弱い (相関はごく小さい)と報告され、いまのバイオメカニクス・データだけからは、最適なギア比を一意に 決めることはできないと結論づけています。だから、レンジの中の一点に神経質になる必要は ありません。

だから、レンジの中に収まっていれば、もう大きくは外れて いません。細かな一点を突き詰めるより、レース距離を通して 実際に出し続けられる出力に見合っているか——その一致のほうが、 ずっと大切です。

エルゴの速さと、水上の速さ

リギングの目的は、二つに整理できます。ひとつは漕ぎやすくすること。陸のエルゴで出せるパワーを、 艇の上でも同じように発揮できるようにすることです。もうひとつは推進効率を良くすること。漕いだ力ができるだけ全部、 艇を進める力に変わるようにすることです。

エルゴのタイムが良い選手が、水の上でいちばん速いとは限りません。 その差の多くは、二つ目の推進効率から生まれます。そしてギア比の調整は、 主に一つ目に効きます。陸で出せる力を、水の上でも出せる形に整える 作業です。

F1に例えるなら、漕手は高出力のエンジンで、ブレードは路面をつかむ タイヤ。ハンドルからクラッチ、ブレードまでは、エンジンの力をタイヤに 伝える駆動系にあたります。エンジンをどれだけ鍛えても、駆動系の設定が 合っていなければ、力は水面に伝わりきりません。

エルゴで作った力を、水の上で無駄なく艇に伝える。ギア比合わせは、 艇を自分に合わせて調律する作業です。

次に艇庫へ行ったら、まず自分の艇のスパンとインボードを測って、 日付と一緒に記録するところから始めましょう。数字を動かすのは、 その後で構いません。